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脳内ニューヨーク / フィリップ・シーモア・ホフマン

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「脳内ニューヨーク」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

「マルコヴィッチの穴」「アダプテーション」の脚本家チャーリー・カウフマンが初監督を務めた異色ドラマ。ニューヨークの巨大な倉庫に自分の頭の中にある“もうひとつニューヨーク”を創り出し、舞台に仕上げようと奮闘する劇作家の苦悩を、次第に実人生と演劇の世界が混沌としていく複雑な構成とイマジネーションあふれる世界観で描き出していく。主演は「カポーティ」のフィリップ・シーモア・ホフマン。ニューヨークに住む劇作家ケイデンは、愛する妻と娘に去られ、惨めな日々を送っていた。そんな時、権威ある演劇賞に輝き大金を手にする。彼はその賞金すべてを注ぎ込み、誰も見たことのない舞台を作り上げるべく、壮大にして奇想天外なプロジェクトに乗り出すのだが…。

「脳内ニューヨーク」 の作品情報

作品情報

製作年:

2008年

製作国:

アメリカ

原題:

SYNECDOCHE, NEW YORK

受賞記録:

2008年 LA批評家協会賞 美術賞

「脳内ニューヨーク」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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「チャーリー・カウフマンの穴」 ネタバレ

投稿日:2010/08/04 レビュアー:ぴよさん

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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 見事なまでに、ネガティブ評価のレビューが並んだのも、さもありなん。カウフマンの作家性が炸裂して、炸裂するあまり収拾がつかなくなったようにも見える作品。観客が入り込むのをあえてブロックしているようにさえ見える。

 どこまでも陰鬱な(能天気なジャケットデザインは罪だ。この作品に明るさは無い)劇作家ケイデンの、人生を賭けた壮大な企みが描かれる。ニューヨークに巨大なニューヨークのセットを建築して、そこに住むニューヨークの住民の人生をも劇団員に演じさせる。つまり、もうひとつのニューヨークを出現せしめるという舞台だ。必然的にそこには、自分を演じるもう一人の自分も存在することになる。パラレル・ワールドの創造、それは作家の究極の舞台になるはずだった…。

 これは、マルコビッチの穴ならぬ、「カウフマンの穴」だ。劇中の作家はカウフマン自身の投影の様に見える。D・W・グリフィスが『イントレランス』で、伝説に残るバビロンのセットを組んだように、ケイデン(≒カウフマン)はニューヨークの究極的なセット化を試みようとしたのか。

 ある時点から、現実のニューヨークと虚構のニューヨークの境目が判然としなくなってくる。明らかに、観客を混乱させる意図で(もしくは、作家の脳内の混乱を確信犯的に描く意図で)これがどちらの世界の現実なのかを、分からないように見せている。カウフマンには当然の様に判別出来ていることだが、理論的に観始めてしまった観客にとっては、その判別がどうにもしづらい。現実か?舞台か?もしくは、二つの境目に在る第三の世界なのか?

 図らずも浮かび上がってくることがある。同じカウフマン脚本の『エターナル・サンシャイン』に於けるミシェル・ゴンドリー、そして『マルコヴィッチの穴』に於けるスパイク・ジョーンズ、両監督の脚本の咀嚼力、そして作品の構築力だ。
 おそらく同じ脚本で彼らが撮ったならば(実際、本作はジョーンズが撮る予定だったという)もっと「分かる」作品になっていたと思う。監督としてのカウフマンは言いたいことが全部分かってしまっているせいで、全てを表現してしまおうとした。ゴンドリーが言葉足らずになりながらも、その圧倒的な映像の力で『エターナル〜』を成立させたように、監督は素材を取捨選択し、最良の調理法を見つけなければならない。(肉牛を育てた牧畜業の方が、その肉の大半を捨ててしまうような調理の仕事はしづらいだろう)

 この物語の結末は、現実か、虚構か。それともケイデンの頭の中で起こっていたことなのか。切なく、やり切れない終着点だ。 翻って…私達の人生は、本当に現実のみなのだろうか。虚構は混ざっていないと、どうして言えるだろうか?


 エンディングに流れる『I'm Just A Little Person』巨大な虚構に押しつぶされて残ったのは、たった一人の小さな存在。しかし誰かには愛しく思われる一人の人間だ、と歌う。







  

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たぶんと思うしか言えません(笑

投稿日:2010/07/25 レビュアー:ロンリー火真西

大好きな脚本家チャーリー・カウフマンの初監督作品という事で期待して見ましたが、かなりわかりにく〜い内容でした。
たぶんケイデンの妄想と映画の中の現実がわかりにくくリンクしているせいだと思います。

中盤までは独特の台詞の間とユーモアがありますが、妻と娘に捨てられてからが、とにかく暗く、現実と妄想の境界線がわかりにくいのに拍車がかかってきます。

そして自分の人生を舞台化しようとしますが、現実の人生が変わっていき、舞台内容も変わっていってしまうのでなかなか舞台が完成しません。

たぶんラストは完全にケイデンの脳内ニューヨークなんだと思います。

ヨーロッパ映画的雰囲気でした。

もう一回見てみようかと思います。
たぶん何度か見ているうちに味が出て来るんだと思います。

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よくわかりませんでした

投稿日:2011/08/05 レビュアー:勇光

まず、主人公に魅力がない。その行動には驚くが、感動はしない。
心を病んだ人が使いたい放題カネを使えるとなると、こういうことをするのか・・っていう映画。

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難解で付いて行けずゴメンナサイ

投稿日:2010/12/23 レビュアー:はらぺこ

邦題とパッケージから、楽しげなコメディだと思って借りました。
しかしながら真逆の映画でした。

主人公はネガティヴだし、ストーリーは暗いし、何よりも展開が地味で難解。
舞台と現実が主人公の脳内で混沌としており、何を伝えようとしているか全く理解できません。
残念ながら私は全く付いて行く事が出来ず、つまらない映画でした。

今年は160本ほど映画を観ましたが、初めて途中で断念した作品でした(笑)
最後まで観てたら何かいい事あったのかなぁ。。。

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ハッピーエンド

投稿日:2010/09/08 レビュアー:よふかし

 ぴよさんさんが挙げているこの映画の監督チャーリー・カウフマンとかスパイク・ジョーンズとかミシェル・ゴンドリーとか、ついでにウェス・アンダーソン。十把一絡げにしちゃきっと怒られるけど(実は食わず嫌いということもあり)、どうも好きではありません。どこかにじみ出てしまう「繊細さ」「優しさ」、ふわふわとした甘ったるさ。甘いのは悪くないけど、優しさが作り手本人に向いているような気がしてしまう。言い訳? 自己憐憫? と映画を観ている最中に「?」マークが頭に浮かぶ。わりと同世代ということもあるかもしれないけど、彼らのつくる「文系メガネ男子映画」(勝手に命名)はむずがゆいのです。
 ところがこの『脳内ニューヨーク』はなかなか面白かった。
 やっぱり最後の「ハッピーエンド」は不満だけれど。演出家=神様に最後に言われるあの台詞はとてつもなく優しい。おいきなさい。はい。あれなら、安心していけるでしょう。演出家は自分だから、自分で自分に言ったわけですよね。自分で自分を赦しちゃった! なんてハッピー! というのが僕の感想です。
 予兆や説明は省かれているところがあるし、時間の経過も適当な描写で済ましているし、娘のタトゥーは何なんだとか、いつも燃えている恋人の家はどういうことなんだ、とか、意味不明ながら解釈を誘うところもあって、しゃらくさいとも思いました。
 けれど、現実をフィクションを通じて見るというか、何重にもフィクション化することで人生に意味を見出そうとしているうちに、どんどん現実と虚構が入り混じってしまう、意味を深追いしないまでも、その感覚がとても可笑しくて楽しかったことは確かです。65点。

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脳内ニューヨーク

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「チャーリー・カウフマンの穴」

投稿日

2010/08/04

レビュアー

ぴよさん

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 見事なまでに、ネガティブ評価のレビューが並んだのも、さもありなん。カウフマンの作家性が炸裂して、炸裂するあまり収拾がつかなくなったようにも見える作品。観客が入り込むのをあえてブロックしているようにさえ見える。

 どこまでも陰鬱な(能天気なジャケットデザインは罪だ。この作品に明るさは無い)劇作家ケイデンの、人生を賭けた壮大な企みが描かれる。ニューヨークに巨大なニューヨークのセットを建築して、そこに住むニューヨークの住民の人生をも劇団員に演じさせる。つまり、もうひとつのニューヨークを出現せしめるという舞台だ。必然的にそこには、自分を演じるもう一人の自分も存在することになる。パラレル・ワールドの創造、それは作家の究極の舞台になるはずだった…。

 これは、マルコビッチの穴ならぬ、「カウフマンの穴」だ。劇中の作家はカウフマン自身の投影の様に見える。D・W・グリフィスが『イントレランス』で、伝説に残るバビロンのセットを組んだように、ケイデン(≒カウフマン)はニューヨークの究極的なセット化を試みようとしたのか。

 ある時点から、現実のニューヨークと虚構のニューヨークの境目が判然としなくなってくる。明らかに、観客を混乱させる意図で(もしくは、作家の脳内の混乱を確信犯的に描く意図で)これがどちらの世界の現実なのかを、分からないように見せている。カウフマンには当然の様に判別出来ていることだが、理論的に観始めてしまった観客にとっては、その判別がどうにもしづらい。現実か?舞台か?もしくは、二つの境目に在る第三の世界なのか?

 図らずも浮かび上がってくることがある。同じカウフマン脚本の『エターナル・サンシャイン』に於けるミシェル・ゴンドリー、そして『マルコヴィッチの穴』に於けるスパイク・ジョーンズ、両監督の脚本の咀嚼力、そして作品の構築力だ。
 おそらく同じ脚本で彼らが撮ったならば(実際、本作はジョーンズが撮る予定だったという)もっと「分かる」作品になっていたと思う。監督としてのカウフマンは言いたいことが全部分かってしまっているせいで、全てを表現してしまおうとした。ゴンドリーが言葉足らずになりながらも、その圧倒的な映像の力で『エターナル〜』を成立させたように、監督は素材を取捨選択し、最良の調理法を見つけなければならない。(肉牛を育てた牧畜業の方が、その肉の大半を捨ててしまうような調理の仕事はしづらいだろう)

 この物語の結末は、現実か、虚構か。それともケイデンの頭の中で起こっていたことなのか。切なく、やり切れない終着点だ。 翻って…私達の人生は、本当に現実のみなのだろうか。虚構は混ざっていないと、どうして言えるだろうか?


 エンディングに流れる『I'm Just A Little Person』巨大な虚構に押しつぶされて残ったのは、たった一人の小さな存在。しかし誰かには愛しく思われる一人の人間だ、と歌う。







  

たぶんと思うしか言えません(笑

投稿日

2010/07/25

レビュアー

ロンリー火真西

大好きな脚本家チャーリー・カウフマンの初監督作品という事で期待して見ましたが、かなりわかりにく〜い内容でした。
たぶんケイデンの妄想と映画の中の現実がわかりにくくリンクしているせいだと思います。

中盤までは独特の台詞の間とユーモアがありますが、妻と娘に捨てられてからが、とにかく暗く、現実と妄想の境界線がわかりにくいのに拍車がかかってきます。

そして自分の人生を舞台化しようとしますが、現実の人生が変わっていき、舞台内容も変わっていってしまうのでなかなか舞台が完成しません。

たぶんラストは完全にケイデンの脳内ニューヨークなんだと思います。

ヨーロッパ映画的雰囲気でした。

もう一回見てみようかと思います。
たぶん何度か見ているうちに味が出て来るんだと思います。

よくわかりませんでした

投稿日

2011/08/05

レビュアー

勇光

まず、主人公に魅力がない。その行動には驚くが、感動はしない。
心を病んだ人が使いたい放題カネを使えるとなると、こういうことをするのか・・っていう映画。

難解で付いて行けずゴメンナサイ

投稿日

2010/12/23

レビュアー

はらぺこ

邦題とパッケージから、楽しげなコメディだと思って借りました。
しかしながら真逆の映画でした。

主人公はネガティヴだし、ストーリーは暗いし、何よりも展開が地味で難解。
舞台と現実が主人公の脳内で混沌としており、何を伝えようとしているか全く理解できません。
残念ながら私は全く付いて行く事が出来ず、つまらない映画でした。

今年は160本ほど映画を観ましたが、初めて途中で断念した作品でした(笑)
最後まで観てたら何かいい事あったのかなぁ。。。

ハッピーエンド

投稿日

2010/09/08

レビュアー

よふかし

 ぴよさんさんが挙げているこの映画の監督チャーリー・カウフマンとかスパイク・ジョーンズとかミシェル・ゴンドリーとか、ついでにウェス・アンダーソン。十把一絡げにしちゃきっと怒られるけど(実は食わず嫌いということもあり)、どうも好きではありません。どこかにじみ出てしまう「繊細さ」「優しさ」、ふわふわとした甘ったるさ。甘いのは悪くないけど、優しさが作り手本人に向いているような気がしてしまう。言い訳? 自己憐憫? と映画を観ている最中に「?」マークが頭に浮かぶ。わりと同世代ということもあるかもしれないけど、彼らのつくる「文系メガネ男子映画」(勝手に命名)はむずがゆいのです。
 ところがこの『脳内ニューヨーク』はなかなか面白かった。
 やっぱり最後の「ハッピーエンド」は不満だけれど。演出家=神様に最後に言われるあの台詞はとてつもなく優しい。おいきなさい。はい。あれなら、安心していけるでしょう。演出家は自分だから、自分で自分に言ったわけですよね。自分で自分を赦しちゃった! なんてハッピー! というのが僕の感想です。
 予兆や説明は省かれているところがあるし、時間の経過も適当な描写で済ましているし、娘のタトゥーは何なんだとか、いつも燃えている恋人の家はどういうことなんだ、とか、意味不明ながら解釈を誘うところもあって、しゃらくさいとも思いました。
 けれど、現実をフィクションを通じて見るというか、何重にもフィクション化することで人生に意味を見出そうとしているうちに、どんどん現実と虚構が入り混じってしまう、意味を深追いしないまでも、その感覚がとても可笑しくて楽しかったことは確かです。65点。

1〜 5件 / 全27件