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ミッション / ロバート・デ・ニーロ

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「ミッション」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

「キリング・フィールド」のパットナム&ジョフィによる一大スペクタクル巨編。1750年、ローマ法王の元、キリスト教の教えを世界全土に広めるために設立されたイエズス会の神父ガブリエル(アイアンズ)は、南米奥地のパラナ川上流、イグアスの滝にやってくる。彼は滝の上の土地に住むインディオ達に神の教えを伝道するため、そそり立つ滝を這い上がり、決死の覚悟の末、深い信頼を得る……。

「ミッション」 の作品情報

作品情報

製作年:

1986年

製作国:

イギリス

原題:

THE MISSION

受賞記録:

1986年 アカデミー賞 撮影賞
1986年 カンヌ国際映画祭 パルム・ドール
1986年 ゴールデン・グローブ 脚本賞
1986年 LA批評家協会賞 撮影賞

「ミッション」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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投稿日:2010/12/09 レビュアー:ロキュータス

(ネタバレあり)
たしかにこの映画はイエズス会宣教師と原住民グアラニ族の受難の物語で、バチカンの歴史上の汚点を描いています。
しかしクリスチャンでもなく、なんら信仰と呼べるものを持たないぼくが興味を惹かれたのは、『アラビアのロレンス』『ドクトル・ジバゴ』の脚本家ロバート・ボルトが、18世紀半ば南米イグアスの滝近くで起こった悲劇を書いたのには、そうした宗教的テーマよりもさらに別の理由があるからと思ったからです。

ロバート・ボルトは敬虔なメソジスト派の家庭で育ちましたが、16歳の時に父親に今後の信仰の選択を聞かれた際に、今後は教会には行かないと答えた人です。 (信仰は持ち続けたかはともかく教会とは縁切りしたといえことですね。) 

彼の代表作の一つにA Man for All Seasonsがあり、自身の戯曲が映画化されたのが、『わが命つきるとも』(1966 フレッド・ジンネマン監督)。
暴君ヘンリー八世の離婚と再婚をローマ教皇の許可がないからと同意せず処刑されるトマス・モアの物語で、なるほどこれも本作同様固い宗教的信念の話ではありますが、恣意的な権力の行使に法を根拠(教皇の許可)に抵抗する者、法の下の自由がテーマという解釈もできます。

トマス・モアはルネサンス期の人文主義者であり、地主たちが羊を飼うために土地を囲い込み、農家がつくっていた共同体を破壊していた状況に憤慨して「ユートピア」という理想社会論を書いた人で、社会主義者の魁と見なされています。
その社会の原理である私有財産の否定・平等な富の分配は、プラトンらの著作にも唱えられていたし、原始キリスト教の主張でしたが、大きな影響を与えたのが「新大陸」からの情報・・・アメリカ大陸の原住民の社会が原始共産制であること・・・でした。

本作とはその点でつながります。
イエズス会の伝道村は原住民の従来の社会制度とキリスト教の原点に帰ろうとする宣教師たちの理想が合致した原始共産制でした。
一方、南米ポルトガル領(ブラジル)は奴隷制であり、禁止するスペイン領も奴隷を買うことはできましたが、解放区である伝道村と奴隷制は当然ながら共存できません。
母国との関係を考慮した政治的理由からバチカンは枢機卿を派遣し、伝道村の廃止を命令します。
The Mission  「教え」と「命令」の二重の意味のタイトルでしょうか。

伝道村を破壊する権力に対し、信仰上の理由から武力に寄る抵抗を拒否するガブリエル神父(ジェレミー・アイアンズ)と、元奴隷商人で罪を悔いて神父となったメンドーサ(ロバート・デ・ニーロ)はそれに納得できず・・・二人のそして伝道村の顛末は・・・。

監督は『キリング・フィールド』のローランド・ジョフィ。 1986年カンヌ映画祭パルムドール受賞作。
撮影はクリス・メンゲス(アカデミー賞撮影賞)
ドラマの上でも意味のある印象的な美しい音楽はエンニオ・モリコーネ。

枢機卿を演じるレイ・マカナリーや当時若手のリーアム・ニーソンを含む主要キャストは名演だが、原住民の個人としてのキャラクターが希薄なので、内容に比してドラマは平板ともいえますが、大自然の中で繰り広げられる歴史を俯瞰でとらえた映像叙事詩として、スケールは大きく映像美はやはり圧巻です。

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アガペー(人類愛)も、剣(戦争)も持ち込むな。

投稿日:2012/12/09 レビュアー:哲郎

イエズス会の宣教活動が南米のあんな密林にまで及んでいたなんて、ちょっとオドロキ。
欧州でのプロテスタントの拡大は、ローマ教会にとってよほど深刻な危機だったんでしょうね。

それにしても、文化人類学などによる世界の再評価を知っている現代の我々の目には、当時の欧州人が南米の原住民に楽器の演奏を仕込んだり、賛美歌を合唱させたりなんて光景はなんとも滑稽というか、ナンセンスと映る。あまりにもかけ離れた異質の文化を無理やり融合させようなんて、「欧州の文化が最先端のもので、欧州文明はもっとも進んだ優れたもの」という価値観を、当時の白人たちはまったく疑わなかったわけですね。聖書史観が当たり前で、まだ科学が人々の常識や生活を支配していなかった時代とはいえ、とんでもないエゴですよね。

さて作品としては、アカデミー撮影賞を受賞しているとおり、ロケーションがスゴイ。
大滝の崖をよじ登るシーンなど圧巻で、俳優やスタッフ、特別なエキストラらは相当過酷な撮影現場を体験したようだ。また、現地の先住民をあれだけ多数使いこなすなんて、驚きを超えて不思議な感じさえがする。
ただ、史実に基づいた意義のある硬派な内容なんだけど、もう少し万人向けにストーリーをデフォルメできなかったか。その点において“娯楽映画”としての完成度にやや欠けると思われる。『アラビアのロレンス』並みの過酷なロケを克服しての製作だけに、ちょっと残念ですね。

宗教や文化の話に戻るけど、私はやはりキリスト教や欧州の文化を、密林の中で自給自足で暮らしている民に押し付けるのはどうかと思う。
そもそもキリスト教やその母体となったユダヤ教、そしてイスラム教は中東のあの荒涼とした砂漠で生まれた宗教だ。砂漠で生きる過酷な生活がああした信仰体系を必要とした。その点、ジャングルの中で自然と融合して生きる民とは、生きていくうえでの価値観、神観が根本的に違うのだ。キリスト教は日本でさえいまだ広く信仰されていない。
実は、先進国による価値観の押し付けは現在も続いている。
先進国(というより工業貿易国と言うべきだが)は20世紀に入ると、今度は民主主義という価値観を別大陸に持ち込んだ。
アフリカ大陸の各地で続いている政情不安、混乱、暴動の様子などを見ると、欧米社会の統治システムがどこでもより良いものとして機能する万能具なのか、はなはだ疑問なところがある。ローランド・ジョフィ監督も、この映画で描かれた17〜18世紀の南米の状況が現代でも根本的に変っていないと、音声解説の中で語っている。

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一見の価値あり ネタバレ

投稿日:2005/05/06 レビュアー:iuiu

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滝の映像は本当にすごい。
今のように、CGでどんな画面でも作れるといった時代と違って、当時これだけの映像を撮るのは大変だっただろうなあと思ったら、アカデミー撮影賞を獲ったんですね。

いつも思うことだが、真実というものには真実にしか持ち得ない迫力はあっても、終始ドラマティックとは限らないので、そのまま映画にしても面白いとは限らない。
この映画も、最初は興味を惹かれたが、中だるみの時間がずいぶん長い。さらにデ・ニーロ、アイアンズ、ニーソンといった俳優の演技がすごくて、俳優の技量や魅力にばかり目が行ってしまう。加えて滝の映像、字を読めない(つまり脚本を読んで演技するわけではない)ワナナ族の不思議な魅力と、ついついストーリーから意識を引き離してしまう要素が多かった。歴史に残る映画ではあるが、ストーリーを楽しむという点では難しいものがある。

逆にいえば、ストーリーは多少平板でもそれを補う魅力には事欠かない映画でもあるわけで、やはり一見の価値はあると思う。監督の解説も興味深い。

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伝道師の艱難辛苦を描いて信仰の力に感動する映画、ではない

投稿日:2009/08/03 レビュアー:bokensdorf

「ホリデイ(2006)」という映画の中で、ジャック・ブラックがケイト・ウィンスレットに『僕の人生を変えた映画』と言って薦めていたので借りてみた。実話だそうだ。

まず音楽が良い。作曲はエンリオ・モリコーネ。聞いたことがあるメロディーだ。

伝道師の艱難辛苦を描いて信仰の力に感動する映画かと思っていたが【そういうのも観てみたいが】違った。
伝道師たち【ミッショナリー】は、イエズス会から派遣され、未開人に伝道するとともに文明を与える。言葉も通じない人たちに信仰を広めるというのは大変な事だ。一番なりたくない職業である。何しろ自分に信仰が無い。

それが上手く軌道に乗ったところに、今度は国から派遣されてきた植民地支配のための官僚が登場する。これも一番なりたくない職業だ。彼らは搾取が目的である。ここで現地人の自主自立を目指す伝道師と支配を目指す国家との利益相反が発生する。

国は伝道師たちに立ち退きを迫る。彼らの選択は如何に…。
苦悩する伝道師たちの議論。
「力が正しいのならこの世に愛は不要だ」

悲しいお話だ。キリスト教と言うのは、信ずるだけじゃ信者ではない。良い知らせを伝道しないといけないのである。そんな勝手に良い知らせと言われても迷惑な話しだが、それに生涯を懸ける人生というのも理解を超越している。伝道師って、本当に意味があるのだろうか。宗教は人々を救うのか。この映画はその製作意図とは逆に、ミッションの不毛を私に印象付けた。この映画で私の人生が変わることは無い。残念だ。

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事実ではあっても、決して優れた映画ではない。

投稿日:2005/04/25 レビュアー:aiu007

白人、キリスト教徒の欺瞞に何の提議も解決も、根本的にはしていない。
滝の映像や、悲惨さ、賞によって、この映画の価値を上げることはできない。

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ミッション

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2010/12/09

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ロキュータス

(ネタバレあり)
たしかにこの映画はイエズス会宣教師と原住民グアラニ族の受難の物語で、バチカンの歴史上の汚点を描いています。
しかしクリスチャンでもなく、なんら信仰と呼べるものを持たないぼくが興味を惹かれたのは、『アラビアのロレンス』『ドクトル・ジバゴ』の脚本家ロバート・ボルトが、18世紀半ば南米イグアスの滝近くで起こった悲劇を書いたのには、そうした宗教的テーマよりもさらに別の理由があるからと思ったからです。

ロバート・ボルトは敬虔なメソジスト派の家庭で育ちましたが、16歳の時に父親に今後の信仰の選択を聞かれた際に、今後は教会には行かないと答えた人です。 (信仰は持ち続けたかはともかく教会とは縁切りしたといえことですね。) 

彼の代表作の一つにA Man for All Seasonsがあり、自身の戯曲が映画化されたのが、『わが命つきるとも』(1966 フレッド・ジンネマン監督)。
暴君ヘンリー八世の離婚と再婚をローマ教皇の許可がないからと同意せず処刑されるトマス・モアの物語で、なるほどこれも本作同様固い宗教的信念の話ではありますが、恣意的な権力の行使に法を根拠(教皇の許可)に抵抗する者、法の下の自由がテーマという解釈もできます。

トマス・モアはルネサンス期の人文主義者であり、地主たちが羊を飼うために土地を囲い込み、農家がつくっていた共同体を破壊していた状況に憤慨して「ユートピア」という理想社会論を書いた人で、社会主義者の魁と見なされています。
その社会の原理である私有財産の否定・平等な富の分配は、プラトンらの著作にも唱えられていたし、原始キリスト教の主張でしたが、大きな影響を与えたのが「新大陸」からの情報・・・アメリカ大陸の原住民の社会が原始共産制であること・・・でした。

本作とはその点でつながります。
イエズス会の伝道村は原住民の従来の社会制度とキリスト教の原点に帰ろうとする宣教師たちの理想が合致した原始共産制でした。
一方、南米ポルトガル領(ブラジル)は奴隷制であり、禁止するスペイン領も奴隷を買うことはできましたが、解放区である伝道村と奴隷制は当然ながら共存できません。
母国との関係を考慮した政治的理由からバチカンは枢機卿を派遣し、伝道村の廃止を命令します。
The Mission  「教え」と「命令」の二重の意味のタイトルでしょうか。

伝道村を破壊する権力に対し、信仰上の理由から武力に寄る抵抗を拒否するガブリエル神父(ジェレミー・アイアンズ)と、元奴隷商人で罪を悔いて神父となったメンドーサ(ロバート・デ・ニーロ)はそれに納得できず・・・二人のそして伝道村の顛末は・・・。

監督は『キリング・フィールド』のローランド・ジョフィ。 1986年カンヌ映画祭パルムドール受賞作。
撮影はクリス・メンゲス(アカデミー賞撮影賞)
ドラマの上でも意味のある印象的な美しい音楽はエンニオ・モリコーネ。

枢機卿を演じるレイ・マカナリーや当時若手のリーアム・ニーソンを含む主要キャストは名演だが、原住民の個人としてのキャラクターが希薄なので、内容に比してドラマは平板ともいえますが、大自然の中で繰り広げられる歴史を俯瞰でとらえた映像叙事詩として、スケールは大きく映像美はやはり圧巻です。

アガペー(人類愛)も、剣(戦争)も持ち込むな。

投稿日

2012/12/09

レビュアー

哲郎

イエズス会の宣教活動が南米のあんな密林にまで及んでいたなんて、ちょっとオドロキ。
欧州でのプロテスタントの拡大は、ローマ教会にとってよほど深刻な危機だったんでしょうね。

それにしても、文化人類学などによる世界の再評価を知っている現代の我々の目には、当時の欧州人が南米の原住民に楽器の演奏を仕込んだり、賛美歌を合唱させたりなんて光景はなんとも滑稽というか、ナンセンスと映る。あまりにもかけ離れた異質の文化を無理やり融合させようなんて、「欧州の文化が最先端のもので、欧州文明はもっとも進んだ優れたもの」という価値観を、当時の白人たちはまったく疑わなかったわけですね。聖書史観が当たり前で、まだ科学が人々の常識や生活を支配していなかった時代とはいえ、とんでもないエゴですよね。

さて作品としては、アカデミー撮影賞を受賞しているとおり、ロケーションがスゴイ。
大滝の崖をよじ登るシーンなど圧巻で、俳優やスタッフ、特別なエキストラらは相当過酷な撮影現場を体験したようだ。また、現地の先住民をあれだけ多数使いこなすなんて、驚きを超えて不思議な感じさえがする。
ただ、史実に基づいた意義のある硬派な内容なんだけど、もう少し万人向けにストーリーをデフォルメできなかったか。その点において“娯楽映画”としての完成度にやや欠けると思われる。『アラビアのロレンス』並みの過酷なロケを克服しての製作だけに、ちょっと残念ですね。

宗教や文化の話に戻るけど、私はやはりキリスト教や欧州の文化を、密林の中で自給自足で暮らしている民に押し付けるのはどうかと思う。
そもそもキリスト教やその母体となったユダヤ教、そしてイスラム教は中東のあの荒涼とした砂漠で生まれた宗教だ。砂漠で生きる過酷な生活がああした信仰体系を必要とした。その点、ジャングルの中で自然と融合して生きる民とは、生きていくうえでの価値観、神観が根本的に違うのだ。キリスト教は日本でさえいまだ広く信仰されていない。
実は、先進国による価値観の押し付けは現在も続いている。
先進国(というより工業貿易国と言うべきだが)は20世紀に入ると、今度は民主主義という価値観を別大陸に持ち込んだ。
アフリカ大陸の各地で続いている政情不安、混乱、暴動の様子などを見ると、欧米社会の統治システムがどこでもより良いものとして機能する万能具なのか、はなはだ疑問なところがある。ローランド・ジョフィ監督も、この映画で描かれた17〜18世紀の南米の状況が現代でも根本的に変っていないと、音声解説の中で語っている。

一見の価値あり

投稿日

2005/05/06

レビュアー

iuiu

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滝の映像は本当にすごい。
今のように、CGでどんな画面でも作れるといった時代と違って、当時これだけの映像を撮るのは大変だっただろうなあと思ったら、アカデミー撮影賞を獲ったんですね。

いつも思うことだが、真実というものには真実にしか持ち得ない迫力はあっても、終始ドラマティックとは限らないので、そのまま映画にしても面白いとは限らない。
この映画も、最初は興味を惹かれたが、中だるみの時間がずいぶん長い。さらにデ・ニーロ、アイアンズ、ニーソンといった俳優の演技がすごくて、俳優の技量や魅力にばかり目が行ってしまう。加えて滝の映像、字を読めない(つまり脚本を読んで演技するわけではない)ワナナ族の不思議な魅力と、ついついストーリーから意識を引き離してしまう要素が多かった。歴史に残る映画ではあるが、ストーリーを楽しむという点では難しいものがある。

逆にいえば、ストーリーは多少平板でもそれを補う魅力には事欠かない映画でもあるわけで、やはり一見の価値はあると思う。監督の解説も興味深い。

伝道師の艱難辛苦を描いて信仰の力に感動する映画、ではない

投稿日

2009/08/03

レビュアー

bokensdorf

「ホリデイ(2006)」という映画の中で、ジャック・ブラックがケイト・ウィンスレットに『僕の人生を変えた映画』と言って薦めていたので借りてみた。実話だそうだ。

まず音楽が良い。作曲はエンリオ・モリコーネ。聞いたことがあるメロディーだ。

伝道師の艱難辛苦を描いて信仰の力に感動する映画かと思っていたが【そういうのも観てみたいが】違った。
伝道師たち【ミッショナリー】は、イエズス会から派遣され、未開人に伝道するとともに文明を与える。言葉も通じない人たちに信仰を広めるというのは大変な事だ。一番なりたくない職業である。何しろ自分に信仰が無い。

それが上手く軌道に乗ったところに、今度は国から派遣されてきた植民地支配のための官僚が登場する。これも一番なりたくない職業だ。彼らは搾取が目的である。ここで現地人の自主自立を目指す伝道師と支配を目指す国家との利益相反が発生する。

国は伝道師たちに立ち退きを迫る。彼らの選択は如何に…。
苦悩する伝道師たちの議論。
「力が正しいのならこの世に愛は不要だ」

悲しいお話だ。キリスト教と言うのは、信ずるだけじゃ信者ではない。良い知らせを伝道しないといけないのである。そんな勝手に良い知らせと言われても迷惑な話しだが、それに生涯を懸ける人生というのも理解を超越している。伝道師って、本当に意味があるのだろうか。宗教は人々を救うのか。この映画はその製作意図とは逆に、ミッションの不毛を私に印象付けた。この映画で私の人生が変わることは無い。残念だ。

事実ではあっても、決して優れた映画ではない。

投稿日

2005/04/25

レビュアー

aiu007

白人、キリスト教徒の欺瞞に何の提議も解決も、根本的にはしていない。
滝の映像や、悲惨さ、賞によって、この映画の価値を上げることはできない。

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