大人は判ってくれない

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大人は判ってくれない / ジャン・ピエール・レオ

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映画賞受賞作品

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「大人は判ってくれない」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

フランソワ・トリュフォーの長編第一作。アントワーヌ・ドワネルはパリの下町に住む13歳の少年。学校ではいつもいたずらばかりして先生に目をつけられている。共稼ぎの両親は、夫婦仲が余りよくなく何かと口論ばかりしていた。そんなある日、遊ぶ金に困った彼は父の会社のタイプライターを盗んで質に入れようとしたが、すぐにバレてしまい、両親は彼を少年鑑別所に入れてしまう……。

「大人は判ってくれない」 の作品情報

作品情報

製作年: 1959年
製作国: フランス
原題: LES QUATRE CENTS COUPS/THE 400 BLOWS
受賞記録: 1959年 カンヌ国際映画祭 監督賞
1959年 NY批評家協会賞 外国映画賞

「大人は判ってくれない」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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驚くほど滑らかな語り口

投稿日:2017/06/17 レビュアー:趣味は洋画

1950年代後半、世界の映画界を揺さぶる新しい波(ヌーヴェル・バーグ)がフランスから巻き起こった。本作の監督であるフランソワ・トリュフォーは、ジャン=リュック・ゴダールと並ぶ象徴的な存在で、27歳で手掛けた本作が、長編劇映画の清新なデビュー作となった。

12歳の少年アンントワーヌ・ドワネル(ジャン・ピエール・レオ)は、毎日が嫌なことの連続だった。いたずら好きの彼は、その日も学校で立たされ、宿題を課せられたが、親子3人暮らしの狭いアパートへ戻れば、日課の掃除が待っており、口やかましい母親(クレール・モーリエ)と妻の顔色を窺う父親(アルベール・レミー)と慌ただしく食事するだけで、宿題をやる暇などなかった。
翌朝、彼は親友のルネ(パトリック・オーフェイ)と一緒に学校をさぼり、1日遊んで過ごす。
だが、午後、街中で母親が見知らぬ男と抱き合っているのを目撃、母親と視線が合う。
アントワーヌの反抗はますますエスカレートし、ある時、タイプライターを盗んだことで警察に捕まり、両親にも見放された彼は、少年感化院に入れられてしまう...

アントワーヌ少年のキャラクターは、実際に家出を繰り返し感化院にも入ったトリュフォーの自画像だといわれている。但し、よくあるセンチメンタリズムや、問題児が大人社会を告発するといった通俗的発想は微塵もない。あるのは、肉親の愛情から見放され、社会から疎外された孤独な魂がさすらうさまを冷徹に見つめる視点である。

印象的なシーンがある。
感化院に入れられたアントワーヌが、精神科の女医の質問(声だけ)に対して自分の生い立ちや心境を語るシーン。
その際の微妙な表情の変化やしぐさに、トリュフォーの思いが感じられる。
もう一つ。
体育の時間で、教師に引率された生徒たちが、校外をランニング中に、1人2人とエスケープする様子をロングで追うシーン。
さりげない映像ながら、逸脱する少年たちの姿を見事に凝縮してとらえている。

登場する人物(大人たち)は、両親や教師など、ことごとく冷酷で人間味が欠落している。
これはトリュフォーが少年の目に映る世界にこだわっているためであろう。

アントワーヌ少年を演じたジャン・ピエール・レオは、本作で衝撃的なデビューを飾り、トリュフォーやゴダールの作品で活躍、成人してからも数多くの名編に出演した。
72歳の現在も現役である。(2016年10月現在)
又、ノンクレジットながら、ジャンヌ・モローや、ジャン・クロード・ブリアリが顔をみせているのも興味深い。(街中での子犬を追いかけるシーン)

一貫してブレないのは、少年や幼い子供たちを追ったカメラの視線だ。
暗く、哀しい表情の少年たち、可愛くてあどけなさいっぱいの子供たち。
ラストの逃亡する少年とともに移動するカメラ、クローズ・アップのストップモーションからは、少年の心情が痛いほど伝わってくる。
冷徹ながらも愛情に満ちたまなざしが、繊細な映像を通して注がれている。

「大人は判ってくれない」と一緒に挿入されているのが「あこがれ」である。
トリュフォーの本格的短編映画。もともと23分の作品が、19分に短縮されたとか。
冒頭、木漏れ日の中を颯爽と風を切って自転車を走らす、若い女性デルナデット(ベルナデット・ラフォン)が眩しい。
この映画にも、腕白盛りの5人の子供たちが登場し、まさに「あこがれ」の世界が描かれる。
理屈はいらず、映像感覚を愉しむ映画だ。

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大人は判ってくれない

投稿日:2016/07/13 レビュアー:daichan

主人公のドワネル少年、かわいそうなくらい叩かれます。
原題「Les Quatre Cents Coups」を直訳すれば「400回の殴打、打撃」(Wikipedia)。

邦題「大人は判ってくれない」は一見シンプルですが秀逸。親や学校の先生たちは(本人たちは気づいていないけれど)とっても理不尽、だから子どもがグレるんだ、というこの映画の主題(おそらく)をひと言であらわしているからです。
子どもは大人を良く見ています。キツく当たられた時ほど、大人の矛盾が目について傷つきます。
だから反抗しているのに、「親の手には負えません、どうか施設へ」では涙が止まりません。

映画のオープニング、カメラはパリの町並みをずっと追っていきます。人がいる歩道やカフェではなく、延々と続く建物の冷たい壁ばかりを。何を暗示しているのでしょうか。
父と母が愛し合い、親が子どもを愛す。そういうシンプルなことが、意外に難しい。

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大人は判ってくれない

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驚くほど滑らかな語り口

投稿日

2017/06/17

レビュアー

趣味は洋画

1950年代後半、世界の映画界を揺さぶる新しい波(ヌーヴェル・バーグ)がフランスから巻き起こった。本作の監督であるフランソワ・トリュフォーは、ジャン=リュック・ゴダールと並ぶ象徴的な存在で、27歳で手掛けた本作が、長編劇映画の清新なデビュー作となった。

12歳の少年アンントワーヌ・ドワネル(ジャン・ピエール・レオ)は、毎日が嫌なことの連続だった。いたずら好きの彼は、その日も学校で立たされ、宿題を課せられたが、親子3人暮らしの狭いアパートへ戻れば、日課の掃除が待っており、口やかましい母親(クレール・モーリエ)と妻の顔色を窺う父親(アルベール・レミー)と慌ただしく食事するだけで、宿題をやる暇などなかった。
翌朝、彼は親友のルネ(パトリック・オーフェイ)と一緒に学校をさぼり、1日遊んで過ごす。
だが、午後、街中で母親が見知らぬ男と抱き合っているのを目撃、母親と視線が合う。
アントワーヌの反抗はますますエスカレートし、ある時、タイプライターを盗んだことで警察に捕まり、両親にも見放された彼は、少年感化院に入れられてしまう...

アントワーヌ少年のキャラクターは、実際に家出を繰り返し感化院にも入ったトリュフォーの自画像だといわれている。但し、よくあるセンチメンタリズムや、問題児が大人社会を告発するといった通俗的発想は微塵もない。あるのは、肉親の愛情から見放され、社会から疎外された孤独な魂がさすらうさまを冷徹に見つめる視点である。

印象的なシーンがある。
感化院に入れられたアントワーヌが、精神科の女医の質問(声だけ)に対して自分の生い立ちや心境を語るシーン。
その際の微妙な表情の変化やしぐさに、トリュフォーの思いが感じられる。
もう一つ。
体育の時間で、教師に引率された生徒たちが、校外をランニング中に、1人2人とエスケープする様子をロングで追うシーン。
さりげない映像ながら、逸脱する少年たちの姿を見事に凝縮してとらえている。

登場する人物(大人たち)は、両親や教師など、ことごとく冷酷で人間味が欠落している。
これはトリュフォーが少年の目に映る世界にこだわっているためであろう。

アントワーヌ少年を演じたジャン・ピエール・レオは、本作で衝撃的なデビューを飾り、トリュフォーやゴダールの作品で活躍、成人してからも数多くの名編に出演した。
72歳の現在も現役である。(2016年10月現在)
又、ノンクレジットながら、ジャンヌ・モローや、ジャン・クロード・ブリアリが顔をみせているのも興味深い。(街中での子犬を追いかけるシーン)

一貫してブレないのは、少年や幼い子供たちを追ったカメラの視線だ。
暗く、哀しい表情の少年たち、可愛くてあどけなさいっぱいの子供たち。
ラストの逃亡する少年とともに移動するカメラ、クローズ・アップのストップモーションからは、少年の心情が痛いほど伝わってくる。
冷徹ながらも愛情に満ちたまなざしが、繊細な映像を通して注がれている。

「大人は判ってくれない」と一緒に挿入されているのが「あこがれ」である。
トリュフォーの本格的短編映画。もともと23分の作品が、19分に短縮されたとか。
冒頭、木漏れ日の中を颯爽と風を切って自転車を走らす、若い女性デルナデット(ベルナデット・ラフォン)が眩しい。
この映画にも、腕白盛りの5人の子供たちが登場し、まさに「あこがれ」の世界が描かれる。
理屈はいらず、映像感覚を愉しむ映画だ。

大人は判ってくれない

投稿日

2016/07/13

レビュアー

daichan

主人公のドワネル少年、かわいそうなくらい叩かれます。
原題「Les Quatre Cents Coups」を直訳すれば「400回の殴打、打撃」(Wikipedia)。

邦題「大人は判ってくれない」は一見シンプルですが秀逸。親や学校の先生たちは(本人たちは気づいていないけれど)とっても理不尽、だから子どもがグレるんだ、というこの映画の主題(おそらく)をひと言であらわしているからです。
子どもは大人を良く見ています。キツく当たられた時ほど、大人の矛盾が目について傷つきます。
だから反抗しているのに、「親の手には負えません、どうか施設へ」では涙が止まりません。

映画のオープニング、カメラはパリの町並みをずっと追っていきます。人がいる歩道やカフェではなく、延々と続く建物の冷たい壁ばかりを。何を暗示しているのでしょうか。
父と母が愛し合い、親が子どもを愛す。そういうシンプルなことが、意外に難しい。

1〜 2件 / 全2件