やかまし村の子どもたち

やかまし村の子どもたちの画像・ジャケット写真
やかまし村の子どもたち / リンダ・ベリーストレム
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ジャンル:

「やかまし村の子どもたち」 の解説・あらすじ・ストーリー

「長くつしたのピッピ」シリーズの原作者であるリンドグレーンが自らの作品を脚本化し、「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」のL・ハルストレムが監督した心暖まるほのぼのムービー。スウェーデンの豊かな自然に囲まれた、わずか3軒の家しかない“やかまし村”に住む6人の子供たち。そんな彼らの夏休み中の日常を美しい自然をバックに綴った作品で、ユーモラスなエピソードを温かいタッチで描いたノスタルジックで人情味溢れるドラマ。

「やかまし村の子どもたち」 の作品情報

製作年: 1986年
製作国: スウェーデン
原題: THE CHILDREN OF BULLERBY VILLAGE/ALL A V

「やかまし村の子どもたち」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

やかまし村の子どもたちの詳細

  • 旧作
収録時間: 字幕: 音声:
90分 日本語 1:ドルビーデジタル/モノラル/スウェーデン
2:ドルビーデジタル/モノラル/日本語
レイティング: 記番: レンタル開始日:
AEBR10013 2003年07月16日
在庫枚数 1位登録者: 2位登録者:
26枚 0人 0人

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ユーザーレビュー:42件

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1〜 5件 / 全42件

Sevedstorp=Bullerbyn=やかまし村

投稿日:2015/02/08 レビュアー:まみもぉ

ラッセ・ハルストレム監督作品にある、たぶんあるだろうなんとなく感じられるなにかを『HACHI 約束の犬』の後、
有名なこのシリーズを久しぶりに観てわかったような、なんとなくではあるけれどでもしっかりと感じることができました。
無味無臭の刺激がつまってる。持久力と畝り力のある刺激。
ちょうどいいあったかさにちょっとたりないヌルさだから、入っているのも忘れてしまうお湯の中みたいに心地いい。
今作では忘れていたはずのこと、小学生の6回の夏休み、
みなに自慢だった母手作りのワンピースを着て、ふわふわ遊んでいたワタシを思い出した。
あのワンピース、取っておけばよかったと思った。
”楽しいようなかなしいようなヘンな気分” そう、そう。それが夏休みの気分。
理想的な桃源郷のような、未来の世界のようだった。

観終わってみればしっかり刺激されていたのがわかってくる。
じわじわぁっとココロの奥の方からあったまった気持ちいいものが表面に浮き上がってくる。
彼女の声が聞こえてきた。オッレの妹ジャスティン。
なんでだろう......なんてことはどうでもいい。彼女が今のワタシにはむちゃくちゃかわいかった。




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よい意味でねむ〜くなる映画

投稿日:2004/07/14 レビュアー:しゃれこうべ

この映画を観ていると、自分が草原の中で、風に吹かれながら絵本を読んでいるかのような錯覚におちいりそうなほど。
とにかくのどかで、小鳥がさえずり、気持ちのいい風がそよそよ吹いている村にトリップできる感じでした。
アストリッド・リンドグレーン自身が脚本を起こしたということにも意義がありそう。
だからこそ、やかまし村ワールドがそのまま再現されているんでしょう。本当に絵本を読んでいる感覚の映画でした。

自分の子どもの頃も思い出しながら観ることができましたが、
スウェーデンのおおらかでのどかで優しい雰囲気っていうのは、自分の子ども時代とはどうしても結合しないです(笑)。
正直言って悔しい!
ロッタちゃんにしろ、このやかまし村にしろ、とにかくスウェーデンの大人たちって、なんでこんなにおおらかで自由なんでしょう? すっごいステキ(実際はどうなのか分かりませんが)。

しかしながら、この映画でいいなと思ったのは、女の子と男の子がいっつも一緒に遊んでいるということ。
お互いを“女”と“男”と意識しつつも、一緒に遊ぶのは楽しい!ってことをスクリーンいっぱいに表現してくれてました。
私も小さい頃は男の子と遊ぶ方が楽しかったので、そこはすごく共感できました。
やっぱり裸足で外を駆け回って遊ぶのって、女の子でも男の子でも楽しいですもん!

原作は読んだことがないのですが、ぜひぜひ自分の子どもに読ませようと思いました。

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観ている私も幸せだあ。

投稿日:2007/04/22 レビュアー:花ちゃん

ラッセ監督未体験が3作あるからそれを観ましょうと「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」と本作をレンタル。まずはマイライフで期待通り胸がキュウーン。私のお気に入りの上位となりました。次は本作「やかまし村」ですが、予告編を観て勝手にやかまし村って孤児院かなにかかしら?ラッセさんのことだから何か問題を抱えているに違いない。と、また胸キュンを期待していた。
だが彼らには危機は訪れない。こんなほのぼの幸せな風景を見せられて不服を言えば私の人間性を疑われてしまいそうですが、今日見たかったのはこれじゃないんだよなーー。違うと気付いたときはすでに遅く、不思議な魅力に取り付かれていた。

お金で変えない愛情あふれる暮らしや豊かな自然に包まれて、子ども達は夏休みの毎日をおなかを抱えて笑って過ごしている。こんな映画でも時に涙、時にハラハラ、ってもんだろうにそれでも子どもは笑っている。そこはなかなかの徹底振りだ。畑で意味のないぐちゃぐちゃ言葉で話して笑い転げるとこなんてとても可笑しい。観ている私も幸せだ。
そして子どもの想像力はものすごくて暮らしの全てが遊びとなる。私も子どものころ、畳の上の1枚の座布団が漂流する筏だったり、もぐったお布団の中がお台所だったりして想像遊びをしたし、紅白饅頭の一つだけ食べると残した片方がかわいそうな気がしたのを思い出した。
子どもには子どもらしい暮らしをさせられるのが大人や社会の真の包容力だと思うが、今の時代なかなか難しい。そう思いながら彼らと一緒に童心に帰り、暖かさに浸った。

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何も言うことはないのです。

投稿日:2014/11/15 レビュアー:ぴよさん


 アストリット・リンドグレーン女史と言えば、何より『長くつ下のピッピ』が思い浮かぶ。
彼女の描く子供たちは、例外なくバイタリティーにあふれ、大人顔負けの活躍を繰り広げる。
怪力ピッピ、第六感のカッレくん、ズルの天才カールソン…異能で非凡な子供たちの物語。
(子供時代に夢中になって読んだものです)

 一方でこの『やかまし村』シリーズは、姉妹作と言える『おもしろ荘』と共に、リンドグレーン
自身の子供の頃の体験が基になっている。どこまでも素朴で、ただただ平和な田舎の物語。
 彼女は言う「私は私自身の中にいる子供を喜ばせようとして、この話を書いた」と。彼女が
「実際に体験した日々」のことを、大人になっても心に留め続けていたからこそ書ける話だ。
 そして、名匠ラッセ・ハルストレムによる映像化は、他に類を見ないほどに成功している。
キャスティングからロケーション、脚本、音楽、撮影まで、文句のつけようがない。

 「柵登り」のシーンの美しいこと。しっとりした緑に、白くきらめく花畑。「ザリガニ釣り」や
「干し草ベッド」のシーンで、夜なのにほの明るいのは、北欧の夏特有の光なのだろう。
 
 ふと、似たような描写から連想するのが『大草原の小さな家』だ。あの原作が出版されたのが
1932年。『やかまし村』が1947年だから、こちらのほうが後になる。アメリカ中西部と北欧という、
大きくかけ離れた環境の話ながら、どこか近いものを感じるのは、小さな共同体の生活の共通性
ということなのだろう。

 「分かれ道」のエピソードに笑う。リーサとアンナが買い物の帰り道、決まって三叉路で忘れた
ことに気づくので、「また思いだすといけないから、走って抜けよう!」と走りだすのだ。
ここは多分、映画オリジナルの部分だと思うが、何とも可愛らしくて、微笑んでしまう。
 
 靴屋のワンコを返したくなくて「おじさんがもう一方の足もくじけばいい」なんて言うのは
リアルな子供の発言で面白い。童話的でありながら、リアルな描写もあるのだ。


 やかまし村の三軒しかない家が、同じアングルで何度も映し出される。家々は変わらないままに
周りの木々や季節、そして人が変わってゆく。これは続編である『やかまし村の春夏秋冬』でも
踏襲され、同じアングルの画面に、同じ音楽が流れる。


 まるで、いつまでもそこに、子供たちの楽園があり続けるかのように。


(ykk1976さんの映画会・第50回)
 

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児童文学とは、「 子ども用 」の文学ではないのです。

投稿日:2014/11/15 レビュアー:ロキュータス

( ネタばれあり )
さて、例によって大仰で小理屈めいた物言いを展開させることになりますが、児童文学とは何であるか、どういったものなのでしょうか。

昔ばなし、冒険やファンタジーやメルヘンといった日常とかけ離れた特異な体験を主人公が体験するもの。
そこではしばしば魔法や超能力や優れたテクノロジー、勇気や友情が問題を解決する。

あるいは、いじめやまわりの無理解、困難な状況に置かれた主人公に同情したり、あるいはそれを克服しようと立ち向かう健気さに感動するもの。
しばしば善人と悪人と分かれていて、悪者を倒すかいなくなれば、問題を解決する。
あるいは、ギャグやおもしろおかしな話に笑ってしまうエンターテインメントもの。

本作は、そういったものとはちょっと違う。
登場人物はスウェーデンの片田舎に住む普通の( 実はもはや現実にはなかなかない理想郷ではあるのだけど )家族と子どもたちのお話し。

問題解決というより、他愛もないちょっとしたことばかり。
おつかいを頼まれて、何度も失敗するのには思わず微笑んでしまうし、夢中になってもすぐに飽きちゃうし、くだらないことがおかしくてたまらない。
立派で模範的でもなければ、自分はダメだと卑下することもない、普通。 それがもはや難しいこと。
親子の信頼に、条件もなければ、大げさな賛美もない。
靴屋のおじさんのように、苦手な大人もいるけれど、悪者にせず、そういう人だと受け入れている。 犬が飼い主の扱いによって吠えなくなると教えているけど、教訓めかず、む自然なエピソードなのがいいです。

児童文学とは、平明な表現で書かれて子どもにも読めるものであり、こどもたちのための文学ではあるけども、「 子ども用 」の文学ではない。
大人になったら卒業するもの、子どもだましの文学ではないし、また「教育」という存在目的などには縛れないもの。 

独身で子育ての経験がないのに口幅ったいですが、子育てとは自らの育ち方、育てられ方の追体験と思います。
大人にもその心の中にいつまでも子ども心があり、児童文学を読むことはそれを呼び起こし、再確認させることと言えます。

この作品のテイストを言葉にして言えば、「癒し」「自然体」ということになってしまいますが、そうした言葉がはらむ効能書き、惰性や予定調和といった側面にはそぐわない。
事件らしい事件もなく、あらすじだけを追ったらなんということもない。

のどかでおおらかな至福の時であるけれども、観て感じるものは、言葉や理屈ではくくれない、表現しきれない。
こどもにも子どもにも鑑賞に堪えうる、優れた児童映画ということだけは言えると思います。

( ykk1976さんの映画会 第50回のレビュー)

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