父、帰る

この作品は2度目の鑑賞になる。
一度観てから10年ほど経つだろうか、強烈な印象があったのでいつか必ずもう一度観ようと思っていた作品。
　弟のイワン、兄のアンドレイをはじめ父の演技は、12年目に会った父子の関係性と、そのあいだから見えてくるそれぞれの絆への想いが迫ってくる。
　イワンの反抗的な眼差し、兄としての物足りなさに対する父の毅然とした姿勢が、私に問うてくる。『父とはどういったものか』を問うより『この子に何が必要で、その為に自分がどうあることが望ましいか、自分に真剣に向き合うことだ』と。
昭和に育った私にはこういう父が憧れだ。

とにかく、突如12年振りに姿を現した父親と言う名の見知らぬ男性。母親も父親のことを説明したがらず、父親本人も息子二人に素っ気ない態度を取り続ける。それでいて従順になれと言われても、兄ならまだしも弟の精神年齢では受け止めるだけのキャパをまだ持ち合わせているはずもなく、あのような反抗に出るのは無理もないと思う。弟のストレート過ぎる対応に、父親がいつ堪忍袋の緒が切れるのか終始ハラハラさせられたが限界まで怒りを抑え、自らの責任でもあるかのように淡々と受け流す姿は胸が詰まる思いがした。確かに父親の素性から何から明らかにされてない部分は多かったがやはりこの映画で中心に取り上げたかったのは父親というのは常に息子に対しては大きくて威厳のある存在でいたいこと、子供はやはり正直で、そんな父親をなかなか好きになれないこと、父子関係の難しさを描いた作品に尽きると思う。

　頑固一徹な父（コンスタンチン・ラヴロネンコ）・・・。
　強烈な厳しさで不器用に愛情を注ぐ父に勘違いする兄弟・・・。
１２数年ぶりに帰ってきた父に何故帰ってきたと叫ぶ次男イワン（イワン・ドブロヌラヴォフ）に従順な長男アンドレイ（ウラジーミル・ガーリン）。
兄弟愛に父子愛、凄まじく交錯する中で起こる悲劇・・・。
　特にインパクトが残ったのがイワンの“何故戻ってきた”と叫ぶシーン、頑固な父親がアンドレイの話に１度だけ笑うシーン、アンドレイがイワンに対する話し方がそっくりになるところ。結局親父の教えは伝わったのだ。。。

物語は謎につつまれ、消化不良のままながらどんどん進むが、この観客はこの作品の中に完全に引き込まれてしまう。
終わった後は、とてつもない疲労感に苛まれ、立ち上がることも困難。ドストエフスキーの長編を読み終えた後のよう。

哲学的、宗教的モチーフがちりばめられ、観客のインテリジェンスが高くないと理解できない点も多いことは確かだが、例えそれがわからずとも、とてつもなく面白い。
ロシア文学の伝統だろうか？
まさに、素晴らしいのひと言。

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どこからともなく帰ってきたお父さんを迎える家族がちっともうれしそうではないので、なにかうしろめたい事情でもあるのか、それとも帰ってきたというのはあの世からということなのか判らない。
重苦しく居心地の悪い空気の食卓で無愛想な父はローストチキンをさばき始める。
肉を家族に分配する役目はいにしえより家長の役目ときまっており、それを切り分ける肉きり包丁は家督権のシンボルである。
丸鶏は素手の方がさばきやすいとはいえ、そのナイフが見あたらないのが気になる。
やはり父はすでに死んでいるのではないか？という推理が捨てきれないまま映画のラストに至って、息子たちと旅行したはずの写真の中に父が写っていないのでやっぱりあれは亡霊だったのかもしれないと腑に落ちた。
それならば何故父は帰ってきたのか？
映画の冒頭と終盤にまるで男のシンボルのように立っている見張り塔(灯台）は家父長のシンボルタワーでもあるだろう。
家督権を息子に譲る前に他界してしまった父は残された兄弟のどちらかに継承するべく「帰ってきた」のではないか？
長男アンドレイは従順であるが故に統率力に欠ける。
未だ母親と癒着している次男イワンは反抗的であるが故にいずれは父を踏み越えていくだろう。
怖がりのイワンを下に残したまま、世界を見下ろす塔のてっぺんに立ったアンドレイであるが、父との約束（契約）を守れなかったせいでこっぴどく殴打されてしまう。
家督権のもうひとつのシンボルである父のナイフを盗んだイワンは、父に殺せと叫ぶアンドレイとは正反対に父殺しの意思を露にする。（このシーンはとてもすばらしい）
このあとの意外な展開はマリーさんのレビューをどうぞ。
この映画は「父性の継承」に神話的な装いをまとわせることで詩的なふくらみを獲得している。
この父に神やイデオロギーをあてはめるのは野暮であるかもしれない。しかしながら良くも悪くも世界を統率してきたものの死後を、よるべなき不安をかかえたままワレワレは生きているのではあるまいか？