モーリタニアン　黒塗りの記録

モーリタニア人の青年は、米国同時多発テロの容疑者として、拷問と虐待が横行するキューバにあるグアンタナモ米軍基地に収容されていた

弁護を引き受けた女性弁護士のは、真相解明のため調査を開始する

恐るべき陰謀によって隠された真実が明らかになる衝撃の実話

モハメドゥ・ウルド・スラヒというモーリタニア人がグァンタナモで１４年間も拘束されてひどい目にあったってことは事実であろう。
で、映画は拷問シーンをクライマックスにしてアメリカの軍関係者やラムズフェルドやオバマが無実の人間に対して非人道的な処置をしたという部分を大げさに訴えかける。
が、その背後で、９１１はアルカイダのテロリストが行ったことだ・・・と高々と打ち上げている。手記を書いたモーリタニア人は無実だったが、オサマ・ビン・ラディンの計画に参加して民間機をハイジャックして乗客を殺した者がいるみたいな話をちょっとしたところでそれらしく出演者に言わせている。で、この映画がつくられた目的はそこを言うためだったのだろうと思う。
ジョディやカンバーバッチのギャラは高かったろうが、その他にカネはほとんどかかっていない。

　アメリカ同時多発テロ事件の実話。

　テロ関与の容疑で拘束され続けた男と、その自由を勝ち取った弁護士の話。


　とにかくすごいんだけど、滅茶苦茶シリアスで重い。
　重厚な内容。

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力作である。２００１年9月１１日のアメリカ同時多発テロの首謀者の一人として拘束されて１５年間、その殆どを、後に不当で陰湿な拷問が行われていたのが暴露されて一気に悪名が知れ渡ったキューバのグアンタナモ収容所で収容された、１９７０年生まれのモーリタニアン、モハメドゥ・ウルド・スラヒが、漸く釈放されるが、その模様を収容中に手記にしたものがアメリカ政府の検閲で多くが黒く塗りつぶされたままの形で出版された大ベストセラーの映画化。今やイギリスのトップ俳優の一角に昇り詰めたベネディクト・カンバーバッチが「これは映画化すべきだ」とプロデューサーとしてまず動く。彼は最初は製作に専念するつもりだったが、モハメドゥを９．１１の戦犯法廷で裁けという大統領命令により彼の起訴を担当する実在のスチュアート中佐(彼の親友はハイジャックされた飛行機の副操縦士だった)を演じる事にした。カンバーバッチ「資金を調達するのに苦労するような題材だったから、常に戦略を練らなければならなかったし、どう実現するかについては話し合う必要があった」このモハメドゥという人物がかなり魅力的な人物なのが、製作者達の、絶対映画化するという意欲に大きく貢献していた様だ。こんな長きに渡って拘束、いつまで経っても裁判も開かれず、自白を強要される陰湿な拷問(ずーっと立ちっぱなしで同じ体勢のまま眠らせて貰えず、寒さの中、水を浴びせられたりしたそうだ) 当然だが、犯行を認める自白供述をせざるを得なかった。この長い拘束期間中に彼の母親は面会も出来ずに亡くなった。当時の世の論調はこんな大勢の人々を無慈悲に殺した極悪テロリストなど死刑が当然だ、の一色だった。しかし、それが事件とは無関係な人物だったら全く話は別だ。彼の弁護に乗り出す女性弁護士が登場する。これも実在の人物、ナンシー・ホランダーをジョディ・フォスターが演じる。フォスター「大事なのはモハメドゥだった。モハメドゥの物語に報いたい、という思いがあったの。そうすることで９．１１の後、モハメドゥたちに起きたことを、世界中の人々が理解出来るようにしたかった」彼女はモデルのホランダー弁護士のディテールにも拘った。(彼女は総白髪で映画中、かなり目立つ赤い口紅をしているのが自分は印象的だったが、これも実際の本人に合わせている) 「映画の中で、きちんとそうした事に敬意を払おうと思った。それと同時に私が知りたかったのは、モハメドゥが有罪かもしれないと考えるのをやめたのはいつなのか、やめたことがあったのか、無罪に確信を抱いたのはいつなのか、ということよ。彼女が弁護してきた人のうち、８５%は有罪だったし、彼女もそれを知っている。彼女の使命は、有罪か無罪かに拘わらず人々を弁護することなの。彼女は、この人は有罪だと考えても、弁護を断る事はない。あるいは今も心のどこかで秘かに、そのことを自問自答しているのか、私が求めていたのはそれだと思う」監督のケヴィン・マクドナルド「ジョディは夢のような、手の届かない存在だと思っていたよ。ダメ元で彼女に脚本を送ったらタイトルに惹かれたと興味を持ってくれて、モハメドゥと話して益々のめりこんでくれたんだ。ナンシーは見かけはタフだけれど、その下にはとても繊細なものを抱えている。ジョディにもそれが共通していて、それが明らかにナンシー・ホランダーだったんだ」自分には昔、彼女がまだ十代で「ダウンタウン物語」「タクシー・ドライバー」でマセて色っぽい女の子を演じていたのが、今回はメーキャップもあろうが完全にオバアちゃんになっちゃったのがちょっとショックだった。頭がキレてガッツのある女性役は彼女の得意中の得意である。黒塗りの捜査資料の中身に違法な拷問の事実があるのが分るとカンバーバッチはこの裁判に疑問を感じて自分から任を降りる。自分はクライマックスで彼がフォスターと法廷で対決すると思っていたのでこの実際の事実は意外な展開だった。彼は廻りから白い目で見られ「裏切り者」扱いされる。この勇気ある決断と行動には感銘する。これは実際なのか分らないが、最後に両者はレストランで相対する。穏やかに会話する中にお互いが無言で双方を理解し合っている風に感じられて好感の持てるラストである。このテの映画の定石だが、エンドテロップ中に実際の人物達の映像が見れる。モハメドゥはその映像で、収容中に観ていて好きになったコーエン兄弟の映画「ビッグ・リボウスキ」のテーマソング、ボブ・ディランの「The Man in Me」を唄ってみせる。この逆境の中でもポジティブなものを見つけ出す強さと明るさが、こんな状況でも長く耐えてこれた一端なのかと思える。最後に彼がホランダーにプレゼントを渡してハグする映像で終わる。

無駄に長いと言うか、事の顛末は既に周知のことなので敢えて映画化するならもっとドラマチックな脚本もあり得たと思うものの、この監督はどうやらドキュメンタリーがお得意らしいので事実をできるだけなぞる展開にしたかったのかもしれない。それでも一応は楽しめる。役者陣の演技が皆しっかりしているのが最大の理由だと思われるが、知ってはいてもやはり色々と考えさせられる題材であることも事実だろう。
この恥ずべき事件を引き起こしてしまったアメリカ政府・軍の仕組みに潜む闇と、それでも結局は情報公開されて事実が明るみに出るという底力と、それでも結局は当局はなにも認めず謝罪もしていないという劣悪さとがまずは事実として再認識される。その上で、いつの頃からこうなってしまったのかと思う。今のアメリカ、特に長年に渡って自由主義経済や小さな政府を志向してきたはずの層は劣化が激しく、本来は留学して広い意味ではその層の一人であるはずの自分から見ても嘆かわしい限り。考えてみると、この劣化が進んだのは9.11後だと思う。頭に血が上って無理な大義を振りかざして無茶をやりまくり、ご都合主義的で最初から結論がある議論が横行した。そして庶民や若者は権威や大人を信じられなくなり、結局は伝統的なリーダー層の没落とポピュリストの台頭を招いた。そういう社会的な流れを決定づけた事件だったのではないか、なんて考えながらこの映画を視聴した。
翻って日本だが、やはりまず結論ありきの議論や、それに対して批判するのではなく周囲への同調を重視して無能なリーダーに忖度するだけの社会へと堕してしまったのはアメリカとあまり変わらない。日本の場合は民主党政権のあまりの無能ぶりに呆れかえったため、何でもかんでも「保守」的なら思考停止で支持される状況のような気がするが。
このレビューもこの映画と同じで無駄に長い。ホント、こういう社会派の作品を観ると、最近はこうした無駄なことを延々と考えてしまって不健全だ。次は単純に画や音楽が楽しい映画を借りよう、って、今回届いたDVDには社会派が多いなあ。