スリー・ビルボード

本作で二度目のアカデミー主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンド。
その受賞に相応しい圧巻の演技でした。
娘をレイプされ焼き殺された母親・ミルドレッド。
犯人に対する強い憎しみと
警察の捜査の生ぬるさに対する怒りと
そして何より自分が娘に対して最後に言ってしまった言葉への後悔の念から
道路沿いに並ぶ３つのビルボードにある言葉を掲げる彼女。
そのボードが、この小さな町で物議をかもし出し
やがては思いもよらぬ方向へと進んでいきます。

犯人探しの物語ではありませんでした。
ミルドレッドの戦いを描きながら
その中に巧妙に警察官による黒人への虐待や人種差別の言動を織り込ませており、
アメリカ社会に燻る問題をそれとなく描いています。
レイプされた上に火をつけて殺されるという残酷極まりない事件も
アメリカ社会ではそれほど珍しいことではないのかもしれません。
犯人が捕まらないことで苛立つミルドレッドに普通だったら世間は同情するはずなのに
ビルボードに警察所長を批判する言葉を書いたことで逆に吊るし上げられるという
まか不思議な社会です。
はじめは所長を尊敬するあまりに、ミルドレッドに攻撃的だったジェイソン・ディクソン巡査
（サム・ロックウェル、助演男優賞を受賞）の心の変化は見ものでした。
人は憎しみの塊でも、ほんの些細なことがきっかけで
変わることが出来るということでしょう。
ミルドレッドもまた、犯人への憎しみから新たな罪を犯すのか否か？
余韻の残るラストにしばし微動だにできませんでした。

あと、『ゲームオブスローンズ』の私のお気に入りメインキャスト・ティリオン役である
ピーター・ディンクレイジ（役名はジェームス）に対して
失礼極まりない言葉を面と向かって投げつけることが出来る人たちって・・
歯に衣を着せることをしない人たちなのでしょうね。
感情のままに言葉を吐き出すことで、取り返しのつかないことになるってこと
気づいてほしいですよ。
吐き出した言葉は、元に戻すことは出来ないのですから。

スリー・ビルボード（２０１７年イギリス・アメリカ、カラー１１５分）

もうこれはフランシス・マクドーマンドの ‘女優魂’ を褒めるしかない。
娘を惨殺され、半年以上経ってもまったく捜査の進展がみられない中、警察に対する不信感が憎しみに変わり、困難や難題に一歩も引かないマクドーマンドが素晴らしい。

質（タチ）の悪い警官に対しても、歯を抜こうとするヤブ医者に対しても、稚拙なＴＶレポーターに対しても、そして、うわべだけの綺麗ごとを云う神父に対しても、ミルドレッド（フランシス・マクドーマンド）は決して負けない。そして気持ちがブレない。

元々、道路沿いに３つの巨大看板（スリー・ビルボード）そのものは立っていた。
通りすがり、大看板を目にしたミルドレッドは、思いついたのだろう。
犯人捜査の進捗がみえず、ていたらくな当局への警告文を広告として大ビルボードに貼り付けることを。

警察はビックリ仰天だろう。まさかこういう形で批判を受けるとは．．．。
警察署長のウィロビー（ウディ・ハレルソン）は、最初は煙たいオヤジかと思ってみていたが、意外や、人間性に富んだところも垣間見えて、徐々に好感度は増すばかり。

むしろ、署長を慕うも、自身は素行の悪い警官ディクソン（サム・ロックウェル）の無法ぶりが目に余る。看板を管理する会社のレッド（ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ）に暴行し、窓から投げ落としたり、ミルドレッドの親友デニース（アマンダ・ウォーレン）をあらぬ疑いで逮捕したりと、やりたい放題だ。だが、このディクソンという男、ストーリーが後半に差し掛かるにつれて、徐々に様変わりしてくる。それが映画そのものの潮目が変わるときと上手くかみ合い、目が離せない展開となるのだ。

Ｆ・マクドーマンドに戻る。
彼女は ‘クズどもに復讐してやる’ と強気を自分に誓うのだが、さすがに気弱な面もみせる。
履いている可愛いスリッパの左足に自分の強気を、右足に自分の弱気をなぞらえ（逆だったかな？）、声のトーンを変えながら、自問自答するシーンがある。母親強し！といえども人間、さりげない仕草に、ふっと人間の優しさ、弱さをみせる。それはそれで、また彼女の演技の素晴らしいところ。

マクドーマンドは１９５７年、シカゴ生まれの６０歳、明日６月２３日で６１歳になる。
彼女を初めてみたのは、８８年「ミシシッピー・バーニング」（アラン・パーカー監督）。
保安官助手の妻の役で、事件の真相証言をする重要な役どころだった。
そして何といっても９６年「ファーゴ」（ジョエル・コーエン監督）。夫君の監督するこの映画で、身重の警察署長を個性的に演じ、見事アカデミー主演女優賞を受賞、この「スリー・ビルボード」が２回目の主演女優賞獲得である。コメディからサスペンスまで、様々な役をこなす演技派。気取らず、飾らないイメージに好感がもてる。

そして、脇役というよりは主役級の演技をみせたサム・ロックウェル。
前半の悪徳警官が、後半、様変わりしていく流れを見事に演じ、アカデミー助演男優賞を受賞した。

２０１６年「マンチェスター・バイ・ザ・シー」にパトリック役で出演した、ルーカス・ヘッジズ。
ディクソンの母親を演じたサンディ・マーティンも出色。

映画全体の流れは、カマンベールさんが手際よく要約されていますので、そちらをご覧になることをお勧めします。

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あらすじは他のたくさんのレビューで書かれているので割愛。

とにかく面白いです。脚本に無駄がない。
登場人物の一人ひとりがイキイキとそこに生きている。
そして、“人は皆、誰しも多義性を持った存在である”という、
当たり前のことなのにフィクションの世界では案外、無視されがちな“真実”を
これでもか、これでもかと積み上げていく重層的なストーリーに驚嘆した。
予想のつかない展開に心をワシづかみにされ、色んな感情を引き出された２時間でしたね。

脚本・監督のマーティン・マクドナーという人は劇作家らしく、
物語の緩急の付け方が上手いと思います。
敵対する者同士が対面し、緊張が高まったかと思うと、
ふっと力が抜けてしまうようなユーモラスなセリフ、シーンが続いたり。
逆に、幸福で穏やかなシーンの直後に、衝撃的な出来事が起こったり。

３枚の看板（スリー・ビルボード）が小さな町に巻き起こす騒動。
わずか数文字の短い言葉が放つパワーが、計り知れない。
特に「raped while dying」って、かなりエグいんじゃないだろか。
「raped and killed」じゃないところが。
息子が「そんな事実、知りたくなかった」というのも分かる気がする。

そして、その看板が何者かによって放火される。
それはこの母親への「敵意」が、節度や常識を凌駕してしまった瞬間であり、
母親の思い、彼女を奮い立たせ支えてきたものが、
叩き潰されてしまった瞬間でもあった。
燃え盛る炎を前に、息子が「もう無理だよ」と母親を制するも、
彼女は絶叫し消火器を引きずるようにして、まっすぐ炎に向っていき、
そしてヘナヘナと座り込んでしまう。

あの炎は、この世界に起こる痛ましい出来事、そのもの。
レイプされ打ち捨てられた娘の身体を焼き尽くした火、そのもの。
我々がどんなに勇ましく挑んでも、屈服させ根絶することなど到底できない「悪」そのもの。
そんな風に思うと、人間の無力さをこれでもかと思わされるシーンだった。
これまで観客の共感をも撥ねのけるほど、憎々しく逞しく闘ってきた母親が、
急に弱弱しい、ちっぽけで頼りない存在に見えた。
私はここで、どうしようもなく悲しくなって泣いてしまった。

その後も、物語は大きくうねって動いていくのだが、
すっきりとした解決は訪れないまま終息に向かう。
結局、世の中ってこんなもの、でも、なんとか折り合いをつけて
生きていくしかないよね、って、そんなオハナシ。

こういう、グレーなものをグレーなままに見せてくれる作品が個人的には好きです。
そして、「人は変われる」っていうのも、
ウソっぽいけど、
せめて映画の中では、こういうウソを信じたくて。サム・ロックウェルだし（笑）。

昔、全日本プロレスに参戦し活躍していたレスラー
ブルーザー・ブロディが
ライバル団体、新日本プロレスに電撃移籍した際
新日本プロレスのエースで社長である
アントニオ猪木に対し
「猪木の瞳にバーニング・スピリッツを見た」という
名言を残し、二人の抗争がスタートしました。
バーニング・スピリッツ＝燃える闘魂
この物語の主人公である母親の瞳にも
まさにバーニング・スピリッツが見えました。
確実に見えました。
その闘魂は燃え盛っていました。
闘うことを放棄しない心が映し出されていました。
折れない心を表していました。
田舎町で起こった無惨なレイプ殺害
掲げられた３つのビルボード
そのビルボードは
彼女（母親）の決意表明であり
娘を弔う存在証明であるようでした。
たとえなんとしても
それがどんな方法であろうとも
世界のすべてを敵に回しても
彼女は決意表明を掲げ
瞳に燃える闘魂を宿すのです。
その悲壮なまでの姿が
胸を熱くしないわけがありません。
物語の結末を含め
なんとも心に残り
また、幾度となく考えさせられるものがありました。
人の縁（えにし）
それは複雑に絡み
思いがけない答えを用意しているものですね。

この作品はアカデミー賞で
主演女優賞と助演男優賞を受賞
それは大いに納得のいく結果でしたが
作品賞を逃したのは不満です。
何故この作品が「シェイプ〜」に負けたのか
両方を同時期に観た感想では
圧倒的にこちらの作品が優れていたと思います。
作品賞並びに監督賞もあげても良かったのではないでしょうか。

冒頭からどんよりして気の晴れない天気とストーリーがつづく。卑怯なやり方で暴力をふるうアメリカ人ばかりが登場して互いにイガみ合っている。暴力はちょっとづつエスカレートしていく。
が、ラストには意外な展開。
で、狂気の沙汰がこれからはじまるというところで晴れわたった空となり、温和でもの悲しいカントリーミュージックが流れる。雰囲気がやけに軽やかになり、思わず笑ってしまった。
鬱屈したアメリカ人たちが欲求不満のハケグチを探してウロウロするのを冷静な視線で冷ややかに眺める演出には重厚感がある。
いい映画でした。

監督、脚本、プロデュースを手がけたマーティン・マクドナーはイギリスとアイルランドの二重国籍をもっていて苦労人らしい。
役者さんたちの演技はみんなスバラシかった。