父、帰る

２０年以上も前、「モスクワは涙を信じない」というソ連映画を観て、ものすごく感動した覚えがありますが、それ以後ソ連（ロシア）の映画はほとんど観ていませんでした。ソ連邦の崩壊や政情不安定などの混乱のあと、久しぶりにみる骨太のロシアの映画です。
長い間行方不明だった父親が突然帰ってくるというシチュエーションは、同じ時期にみたイギリスの「家族のかたち」に似ていますが、「家族のかたち」が比較的ほのぼのした映画であるのに対して、こちらは痛いほどの緊張感のあるサスペンスタッチの作品です。突然帰ってきた父親は強引にふたりの息子を旅に連れ出しますが、楽しい旅にはほど遠い緊張の連続。特に次男は激しく抵抗し、父親はその次男を本当に置き去りにしたりします。そして予想外の結末。
父親をソ連政権に見立てる解釈や、宗教的な解釈がされているようですが、そのへんは私にはわかりません。ただ、この映画の撮影後、長男役の子がロケのあった湖で溺死してしまったという話を聞いて、怨念めいたものを感じました。

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ロシア正教は男性主権。
”命令”と言う形での教育。
あの広大な大陸に君臨する神が、慈悲深くては自然の脅威に太刀打ちできない。
威圧的に横暴に、弱いモノを守る。それはまた魅力的でもあります。
そういった強さを目前に人はどうするか、どうすべきか。
１２年ぶりに突然帰って来た”父”は、息子を兄弟を車で小旅行へ連れ出します。
この旅で”父”が兄弟に伝えようとしたこと、それは観る側へも同じと思います。
ですが、答えはなく、何の説明もないまま、兄弟の少年時代の終わりで話しは終わってしまいます。
漠然とした不安感だけが残りました。父親の不在。
それは、＝強い主権、絶対的な権力が存在しないという不安。
絶対服従、支配されたいわけではありません。
ただ、帰ってきてほしいと思いました。父でも神でも、その”存在”に。

原題は、ロシア語で『ВОЗВРАЩЕНИЕ』（帰還）。
圧倒的な権力によって繁栄、築き上げられたソビエト社会主義共和国連邦。
崩壊から数年、少なからずその”権力”の帰還を願う人々は多いはず。
ふいに帰ってきて、旅に連れ出す…　監督は、”父”に死というシナリオを用意しましたが、本意はどうだったか。

ただ、重苦しさの中、美しい映像が救いです。
川辺の見張り塔は、あるべき所に居る母（ナタリア・ヴィドナは、はっと息飲む美しさでした）の姿と重なりました。
タルコフスキー監督を偲ばせる映像、自然美…水の動き、森、湖、雲の風景、寒色系の色合いで静かに丁寧に撮られ、うっとりとこちらを引き込んでくれます。
撮影後、その湖でアンドレイ役ウラジーミル・ガーリンが、亡くなったことを知ってまた、寒々しく美しい湖面。
答えは湖底に沈んだまま、そのまま底で眠っていてほしいという願いつつも、
”父”の帰還を期待する気持ちは、確かにここに…それは、なくならないと思います。

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映像は読むがごとくだと感じた作品でした。
語らない言葉のひとつひとつに反応してしまうので、明日、仕事や学校が無い日の鑑賞がお勧めです。

１２年ぶりに帰ってきた父親。思春期の兄は父に逞しい男としての憧憬から親しみを見せるが、父の記憶もない弟には「パパ」という単語すら無かったわけで、突然の出現への困惑が反抗として現れてしまう。そんな２人を観ているうちこちら側は、親は子との、子は親との自分達と同じ過去がフラッシュバックでよみがえって来るでしょう。子が親を意識する時期はこんなにも苦しみを感じなければ、超えることが出来ないのだと思います。
冒頭のシーンと後半に出てくる高い『塔』そのもの。

「パープルローズ」さんのレビューを読んで、父親とソ連政権との解釈についても考えるうち、最近観たグルジアの映画を思い出しました。『やさしい嘘』は１９９１年に旧ソ連から独立した小国の作品でした。その年代は旧ソ連が崩壊し、多くの国が独立しました。この兄弟の父親不在の１２年は、旧ソ連政権崩壊以後なのではないだろうか。父親と子を旧と新と読めば、この物語は別の物語を紡ぎだしそうだ。
凄いぞ！アンドレイ・ズビャギンツェフ監督。

おすすめ度★★★☆☆

ロシア映画ということで、タイクツな映画（いい意味で！）を想像していたけれど、意外にもテンポがよく、最後まであっという間に観ることが出来ました。

正直、この映画の良い悪いはよく分かりません。
それは俺自身、父親との関係が希薄だったためか、
『父親』という存在にどこかずっと焦がれていて、
何となくこの兄弟の気持ちがわかるし、父親に対する感情は何か特別なものがあるからニュートラルな目線では観れなくて。

けれどもこの映画、もっと単純な見方をするのもありかも。
父親はいままで自分が男親として教えられなかったいろいろなことを息子たちに教えようとする。
だけど唐突すぎるし子供達は素直に受け止めることが出来ない。父親の愛情あるしつけをいじめや体罰のように感じてしまう。
12年間の空白はそれだけ深いものだったと・・・。
父親のストレートなしつけは、最後に兄弟がどうしようもない現実に直面したとき自然に正しいことだったと理解され、
そのため長男は急に大人びてまるで父親かのような振る舞いになる。。。

景色もきれい、テンポもいい、
だけどそれがあざとく感じられるような場面もあり、
この手の映画にそういうものは求めていないけどな・・・
という思いが最後に少し残ってしまった。

長男役の男の子が後日、どこかの湖で亡くなったという話・・・。
何かいまだにどこか影を感じてしまうこの国・・・。

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　冒頭の川辺の見張り塔の場面から、引き込まれた。胸をドキリとさせるショットもいくつかあって、この映画は、映像と、その提示の仕方がうまい。けれど、あまりにテンポが良すぎて気になる。
　父親が帰ってきて、旅に出発するまではとても面白い。台詞はほとんどないまま、母親役の女優の抑えた演技を筆頭に、それぞれの戸惑いがひしひしと伝わる。
　ところが、三人が旅に出て、ロード・ムーヴィーの形を取り始めた後、映画の何かがずれていくような気がしてならない。次男の執拗な反抗は理解しにくく、あまりにも甘え過ぎで、不快でもあるけれど、ドラマつくりのためのデフォルメと思えなくもない。長男の終盤までの父と弟双方への従順さもまた然り。
　問題は、父親の造形だと思う。旅先で次第に明らかになってくるのだが、父親は少しも暴君でもなければ、厳しくもないし、ミステリアスでもない。彼は、普通の男だ。ちょっと暴力的で直情径行だけれど、父親らしく振舞いたいだけの、普通の男。長男も次男も、一度は見捨てる気配なのに、きちんと迎えに行く。バスで帰そうとして、やっぱりいっしょに連れて行く。
　カメラのふらつきも気になるけれど、父親のふらつく言葉や態度の端々から感じられるのは、背負っているものが実に軽そうな男ということだった。わざわざ、いくつかの謎を与えてもらっているのに。箱の中身が麻薬であろうが思い出のノートであろうがカラッポだろうが、きっと僕は驚かない。
　彼は、どこにでもいる普通の男だ。そう見えだすと、子どもたちの反抗も努力も、すべてが徒労に見えてくる。美しいと思っていた映像は、ただ美しいだけ、ただうまいだけになっていく。
　せめて、再び見張り塔を登場させなければよかったのに。この円環はあまりにも作為的に映る。せめてラスト、弟が「パパ！」と呼ばなければよかったのに。曖昧な和解（？）は、作り手の人間観察の浅薄さを際立たせた。４０点。