私の中のもうひとりの私

を、うまく描ききった作品だと思いました。
「めぐりあう時間たち」（これも大好きな映画です）を、もっとリアルに、マイナーにしたような感じを受けました。

確かヴァージニア・ウルフは、
「女が自立するためには、鍵のかかる、自分だけの部屋を持つことが必要」と言った。

その部屋が意味するものは単なる静かな時間だけではなくて、孤独に耐えうる強さや、自分の人生を選び取る覚悟や責任も含むのだと思います。
「癒し」とは対極、むしろ、誰に強いられるわけでもない、しかし厳しい対峙への覚悟。

ちょっとひっかかる、というようなこと全てを、何かに紛らわしてしまうのではなく、どんなに不愉快で居心地が悪くても掘り下げてしまう。
そういった真面目さは、女性に特有なものであるように思います。
特に、この主人公マリオンのような、社会的地位のあるリベラルなインテリの女性が陥りがちな必然なのだと思います。

それをあのアレンが描いていることが、興味深かったです。

最初の結婚生活の中、自分が目指すキャリアを重視したが故にとった選択が後にマリオンのトラウマになってしまった、このことがこの作品の重要なモチーフになっています。
偶然出会った妊婦はかつての選択なくばマリオンの胎児を孕んだ姿であって、体裁ばかり繕うようになってしまった再婚の夫との感情のズレに忍び込んできたマリオンの妄想の中の人物でもあります。
マリオンの回想の中にでてくる友人や再婚の夫の前妻のマリオンの人間性への非難は異様で、マリオンが自分に向けられた皮肉程度の言葉を自分自身で増幅して自分自身を糾弾しているということなのでしょう。

檻の中に閉じ込めた豹を解き放つように虚飾を脱いで己を解放してみよう、５０にもなったのだから正直に生きようよ、肉親との関係も見直してみよう、本音をぶつけてケンカばかりしている離婚寸前の弟夫婦が元のさやに納まったのに、教養があってすべがハイクラスの暮らしを謳歌している姉夫婦が離婚のハメに陥るという人生の皮肉を受け入れて、マリオンまた歩き出そうよ・・・とラストのさっぱりした様子のマリオンの微笑が老いを前に立ち止まった女性たちへの福音となるといいな、５０なんて一昔前に過ぎてしまった年代（つまり、わたし）の女性たちもちょっとは元気になれそうな気がする、そして映画的イメージはもとより知的興奮もしっかり織り込んだ作品でした。

ウッディ・アレンの映画って素敵だと思いますが、いつも見始めると、内向的で神経質なところが気になって、のめり込めません。
私が彼のことをもっと理解してあげれたら良いのでしょうが、結構彼の作品を見ているつもりながら、未だに上手くコミュニケーションが取れない状態です。

これだけの役者を揃えられるのは、きっと彼への信頼の高さなのでしょうが、その演技は、彼の鬱屈した世界のなかで、窮屈そう。

まあいつか、私もウッディ・アレンっていいな。と思う日が来るかもしれません。

自分に向きあることの難しさ・・・男性心理がリアルなのはウッディーが男性だからわかりますが、ウッディーは男性なのに、女性が陥る心理描写がリアルすぎてビックリします。

ジャック・ニコルソン演じる恋愛小説家が女性心理を描くのには男の腐ったやつを想像すればいい、な〜んて事を言っていましたが（笑）本当にそうなんだろうか〜・・・と考えさせられる、奥の深いシナリオだったように思います。

主人公の女性としてどうあるべきが幸せか、という問題と、人間としてどうあると満足した人生といえるか、という問題とが主人公を取り巻く人間模様、その人たちそれぞれの人生の浮き沈みや陰がワンシーンの短い空間で簡潔に演じられ、役者たちの表現力のすごさにアナログの力のリアルさをとても感じます。

最近漫画を映画化する傾向が流行りすぎているため想像力のいらないＣＧの撮影効果が氾濫しているので、感情表現にしろ顔の表情にしろ演技も減った暮れもなく、薄っぺらいお笑いのような作品が多いですね。
そういった作品は軽いので何も考えなくて見られる、そのお手軽さの良さと比べるとウッディの作品はくどい、窮屈、めんどくさい感じで耐えられないかともたくさんいるでしょうが、彼の作品を見ると、アナログの感覚、めんどくささ、くどさからしか生まれない制作者や役者、そして台本作家らすべての実力の高さをとても感じさせられる良い作品だと思います。

マリオンは近隣の工事が煩くて自宅で仕事にならないので、書斎代わりの一室を借ります。
その部屋は隣が精神科医の診療室で、エアコンの換気用ダクトの具合か何かで、患者達の話が聞こえてくるのです。
第三者が聴いてはまずいカウンセリングをつい聴いてしまう。
成功者の颯爽とした表の姿とは別に、マリオンにも心の隙間があると分かります。

一人の女性患者の話は、自分の心の声のように聞こえたのか、マリオンは診療室から出たその女性の姿をこっそり確認し、街で偶然に見かけて後をつけます。
昔の友達に出会い…
記憶の中に蘇った過去のシーンを再び体験し…
内面世界に入って行きます。

間違いを正して、本当の自分を見出そうと静かな意志に満ちたマリオンのラストシーンの顔は大変美しいです。