みなさん、さようなら

「一生、団地の中で生きていく」そう決めた少年の、２０年間の物語。
濱田岳が童顔を活かして、12歳から30歳までをメイクなしで演じたのは凄いですよね。
１９８１年、小学校を卒業した渡会悟（濱田岳）は中学に行くのを止めるばかりか、ずっと団地の中で生きていくと宣言します。
主人公は「引きこもり」ではありません。乾布摩擦、ラジオ講座、家事、ランニング、筋トレ、夜の見回りや、就職もすれば、恋もします。
母親（大塚寧々）の理解もあり、宣言どおり団地の中だけで生活ペースを作り始めます。

何故、悟の周囲の人たちは彼が団地から出ないことに理解を示すのか？
その理由は映画後半で明らかになります。
悟は団地を愛し、団地に住む人々を守ると決めていました。それは悟が団地を出て行かない理由とも重なります。
それまで、ボンヤリと観ていたものが一転しました。

周囲の人々に助けられたり、励まされたりしながら、団地という小さな世界で、確実に成長して行く主人公を描き、と同時にその背景となる団地の盛衰を描くことで、時代の変遷を描く演出が上手いです。
いつのまにか共同体からぬくもりが失われ、怪しげな外国人ばかりになった団地で、義理の父親（田中圭）から日常的な暴力を受けているブラジル人の少女マリアとの出会いが、重要なスタートラインになっています。
田中 圭が今までと違った　悪役を演じているのが興味深かったです。　

小学校時代のトラウマを乗り越え、親の深い愛に気付いた主人公が奮闘する姿が良かったです。
切っ掛けが、最愛の理解者である母親だったことに興味を惹かれました。
笑いあり、涙あり、暴力あり、優しさあり、ラストシーンで振り返るさりげない表情が、明るい未来が見えるような気がしました。

同じタイトルのカナダ映画がありましたが、それとは全く無関係です。
中村義洋監督による、久保寺健彦の同名小説の映画化。
原作はだいぶ前に読んだのですが、結末は忘れてしまっていました。

主人公の悟は中学には行かないと決めた。
なぜなら中学は悟が住む団地の外にあるから。
悟は一生この団地の中だけで暮らしてゆくと決めたのだ。

団地の中にはなんだって揃っていて、外に出なくても暮らしてゆける。
就職は商店街のケーキ屋。
悟が欠かさないのは読書、極真空手のトレーニング、そして近所のパトロール。
小学校の同級生たちがどんな生活を送っていて、ちゃんと家に帰ってきているかが気になってしかたないのだ。

濱田岳が、小学校を卒業したばかりの中学生と言ってもそれほど違和感がないところがすごい。
ひょっとして濱田岳が撮りたくて、中村監督はこの原作を選んだのではないかと思うくらいのはまり役です。

悟が団地から出られなくなってしまったある事件。
それを、TVのレポート番組として見せたところはうまいなと思いました。
その事情が明らかになる前と後とでは、観客が彼を見る目がすっかり変るに違いありません。

高校生になり、社会人になり、外の世界に出て行く同級生たち。
１００人以上いた同級生もついには、悟と不登校だった少年（永山絢斗）だけになってしまう。
ヨーロッパのような街とかつては言われた団地も時とともに古び、そこに住む住人も様変わりしてしまう。

果たして悟は外の世界に出て行けるのか？

中村監督と伊坂幸太郎のコラボ作品のようなどんでん返しはないので、
いつもの中村作品とは少し違った感じがしますが、これはこれでおもしろかったです。

わたしは、昭和５０年代終わりから、平成の初めで小、中学校時代を過ごしているので、この映画の主人公渡会悟（濱田岳）くんの団地の風景は、
子ども時代の思い出と重なります。

私自身が団地で育ったわけではありませんが、小学校の校区に地元の人に「こうだん」と呼ばれた大きな団地があって、
この映画に出てくるように商店街まで併設している大きなものではありませんが、何棟もの建物があり、下手な小学校より広い公園と遊具があり、
友人もそこそこいたので、そこで遊ぶ機会も多かったわけです。

主人公、渡会悟は、あるきっかけで団地の外にある中学校へ一度も通いません。
彼は、団地の中だけで一生を過ごすと決め、母の日奈（大塚寧々）もそれを認め、彼は中学校に行かず毎日を過ごします。
朝ランニング、ラジオの英語、小学校の同級生の部屋の見回り・・・そして恋や就職も団地の中で経験し大人への階段を登っていくのです。

なぜ彼は団地から出ないのか・・・というのが映画の底辺を流れるテーマなのですが、それが明らかにされることでストーリーに深みが出ます。
それでも、青春映画に他ならず、濱田岳という俳優さんは、美形でもないし、役者としてはずいぶんと小柄ですが、彼の存在感によるところが多いでしょう。

中村義洋監督はその存在感を最大限に引き出しています。
隣の家の同級生有里を演じた波瑠さんや、初恋の相手早紀を演じた倉科カナもとてもいいです。魅力全開です。ふたりのファンなら必見。
何より驚いたのは、普段のイメージの真逆を演じていた田中圭、すごみがありすぎて、ぶるっちゃいました。

中村監督の作品はとても好きです。私のイメージでは、地に足のついた青春映画という感じがして、毎回感情移入してしまいます。
「地に足のついた」というのは、たとえストーリーは奇抜でも、観る側も自分の引き出しの青春を取り出してしまうようなところではないかと思っています。
青春の再現を満喫できます。

団地から出ない少年・・いや出ることができない少年サトル。
中学１年から３０歳までを、濱田岳が一人で演じます、
小柄で童顔だから中学生役にも違和感はまったくありません。
ただただ団地が好きで、団地から出ない生活を選んだとしたら、何も対処しない母親はどうしたものか？と
訝しげに思っていました。
物語が進むにつれ、本当の理由が明らかになります。
ああ、それで同級生たちも彼の団地引きこもりを受け入れていたんだ、と納得。
ああ、それで”団地のみんなは僕が守る！”と決断したんだと、理解。
ある事件がトラウマとなって、彼の心を苦しめていたのです。
団地という小さな社会の枠の中で、恋もして、仕事もして、夢もみて、成長していくサトル。
終盤、１７年間サトルを見守り続けてきた母の深い愛情を知ることに依り
サトルの心に変化が現れていきます。
すがすがしいラストに、思わずジーンとなりました。

それにしても、うちの近所ある団地の商店街もほとんどシャッターが閉まっていて、
ひっそりとしてしまっています。
唯一営業している八百屋さんの明かりが、寂しげです。
ショッピングモールが周りにたくさんできて、潰れてしまった商店街。
団地に住む住人も高齢化しているのが現状。
本当は遠くまで行けないお年よりには、近くのお店が便利のはずなのに、現実とは理不尽なものですね・・

サトル君　団地から出ないことにしたらしいね
中学にも行かないって
何で？
あの事があったからじゃないかな

散歩？
違うよ　パトロールだよ
毎日　同級生に変わりがないか
サトル君　確かめるために　全棟回ってるんだ

―　‐　―　‐　―　‐　―　‐　―

高度成長期の象徴のような　巨大団地
同級会が開けるほどの集会場もある
肉屋・八百屋・魚屋・クリーニング・酒屋
そしてケーキ屋だってある
中にはなんだってある
家族の幸せも…

そんな団地も
長い時間とともに色褪せ
住んでいた同級生も一人減り二人減り
端のほうから朽ちようとする

それとは対照的に
主人公は着実に成長を遂げる
欲望が生まれ　その欲望を解放し
助けられるべき者を助けるために
戦い
愛する者を失い

そして
団地から旅立つ

―　−　―　−　―　−　―

結局　サトル君も出て行っちゃったね
あの階段下りて
立ち止まることもなしに…

なんでかなあ
なんで出ていくのかなあ
団地の外には　何があるんだろう
知りたい？
僕はいいや
知らなくても　いいや

団地って
空から見ると
すごいねえ

本当に
すごいねえ