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ロシアの片田舎。2人の兄弟、アンドレイとイワンは母とつつましくも幸せに暮らしていた。父親は12年前に家を出て行ったきり音信不通。兄弟は写真でしか父の顔を知らなかった。そんなある夏の日、父が突然家に帰ってきた。寡黙な父はこれまでのことを何も語ろうとはせず、母も事情を説明しようとはしない。兄弟の戸惑いをよそに、翌朝父は彼らを小旅行に連れ出す。道中、父は子どもたちに対し高圧的に振る舞う。そんな理不尽な接し方にも、父を慕い続ける兄に対し、弟のほうは徐々に反抗心を募らせていくのだった…。
製作年: |
2003年 |
---|---|
製作国: |
ロシア |
原題: |
VOZVRASHCHENIYE/THE RETURN |
受賞記録: |
2003年 ヴェネチア国際映画祭 金獅子賞 |
監督: |
アンドレイ・ズビャギンツェフ |
---|---|
製作: |
ドミトリイ・レスネフスキー |
製作総指揮: |
エレーナ・コワリョワ |
出演: |
コンスタンチン・ラヴロネンコ 、 イワン・ドブロヌラヴォフ 、 ウラジーミル・ガーリン 、 ナタリヤ・ヴドヴィナ 、 ナタリア・ヴドヴィナ |
脚本: |
ウラジーミル・モイセエンコ 、 アレクサンドル・ノヴォトツキー |
撮影: |
ミハイル・クリチマン |
音楽: |
アンドレイ・デルガチョフ |
ロシアの片田舎。2人の兄弟、アンドレイとイワンは母とつつましくも幸せに暮らしていた。父親は12年前に家を出て行ったきり音信不通。兄弟は写真でしか父の顔を知らなかった。そんなある夏の日、父が突然家に帰ってきた。寡黙な父はこれまでのことを何も語ろうとはせず、母も事情を説明しようとはしない。兄弟の戸惑いをよそに、翌朝父は彼らを小旅行に連れ出す。道中、父は子どもたちに対し高圧的に振る舞う。そんな理不尽な接し方にも、父を慕い続ける兄に対し、弟のほうは徐々に反抗心を募らせていくのだった…。
製作年: |
2003年 |
---|---|
製作国: |
ロシア |
原題: |
VOZVRASHCHENIYE/THE RETURN |
受賞記録: |
2003年 ヴェネチア国際映画祭 金獅子賞 |
監督: |
アンドレイ・ズビャギンツェフ |
---|---|
製作: |
ドミトリイ・レスネフスキー |
製作総指揮: |
エレーナ・コワリョワ |
出演: |
コンスタンチン・ラヴロネンコ 、 イワン・ドブロヌラヴォフ 、 ウラジーミル・ガーリン 、 ナタリヤ・ヴドヴィナ 、 ナタリア・ヴドヴィナ |
脚本: |
ウラジーミル・モイセエンコ 、 アレクサンドル・ノヴォトツキー |
---|---|
撮影: |
ミハイル・クリチマン |
音楽: |
アンドレイ・デルガチョフ |
収録時間: | 字幕: | 音声: |
---|---|---|
111分 | 日本語 | 1:ドルビーデジタル/5.1chサラウンド/ロシア語 2:ドルビーデジタル/ステレオ/日本語 |
レイティング: | 記番: | レンタル開始日: |
ACBR10252 | 2005年04月08日 | |
在庫枚数 | 1位登録者: | 2位登録者: |
6枚 | 0人 | 0人 |
収録時間:
111分
字幕:
日本語
音声:
1:ドルビーデジタル/5.1chサラウンド/ロシア語
2:ドルビーデジタル/ステレオ/日本語
レイティング:
記番:
ACBR10252
レンタル開始日:
2005年04月08日
在庫枚数
6枚
1位登録者:
0人
2位登録者:
0人
DVD
収録時間: | 字幕: | 音声: |
---|---|---|
111分 | 日本語 | 1:ドルビーデジタル/5.1chサラウンド/ロシア語 2:ドルビーデジタル/ステレオ/日本語 |
レイティング: | 記番: | レンタル開始日: |
ACBR10252 | 2005年04月08日 | |
在庫枚数 | 1位登録者: | 2位登録者: |
6枚 | 0人 | 0人 |
収録時間:
111分
字幕:
日本語
音声:
1:ドルビーデジタル/5.1chサラウンド/ロシア語
2:ドルビーデジタル/ステレオ/日本語
レイティング:
記番:
ACBR10252
レンタル開始日:
2005年04月08日
在庫枚数
6枚
1位登録者:
0人
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0人
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私の父親も無口で厳格。高校生まではそんな父が大嫌いで、大喧嘩ばかりしてました。そして大人になった今、あの頃の父の愛情が理解できます。母や姉は「あなたの頑固さは父親譲り。似た者同士。」と口を揃えて言います。
そんな私だから、女性とはいえ、この映画に描かれる父子の心情は何となくわかります。
息子は父親の愛情を確かめたいし、自分の意思をもっと尊重してほしいと思っている。そして父親は敢えて説明をせず、いつか彼らが大人になってこの意味を理解してくれればいいと思っている。
美しいロシアの自然とともに展開される、頑固な父子のやりとりをある種の懐かしささえ抱きながら観ていました。。
ところが。そんな感傷はあの1秒で消え去ります。バカな話ですが、巻戻ししたくなりました。きっとイワンもそうだったでしょう。TVゲームのようにリセットして少し前からやり直したい気持ちだったと思います。
やるせない気持ちでした。イワンは大人になっても、私のように父親に「今ならわかるよ」と言えないんですね。二度とリセットできない1秒です。
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A・ズビャギンツェフ監督のインタビューを読んでいると、「本当に重要なことは語るのではなく示唆するだけでいい」との発言がありました。正にその言葉通りの映画でありました。
登場人物の背景説明が足りないとキャラクターに深みを欠くことになるのが一般的です。だが、本作はそれをぼやかすことによって宗教的にも政治的にも神話的にも表現されているように感じられ、奥行き深い作りになっている。映像も、音楽も実に効果的である。非常に力のある作品です。
本作撮影終了後、ロケ地だった湖で兄アンドレイ役のウラジーミル・ガーリンが不慮の事故で溺死する不幸な出来事があったとの事。映画の世界を引きずるような悲劇。
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この世の人間は、父と兄弟二人の三人だけと錯覚させるような、美しくも荒涼と静まりかえった無人島で父の身に起こった悲劇的な出来事。その一部始終をしっかり見届けた兄、アンドレイの次にとった行動が、私にはとても印象的だった。取り乱すのでもなければ助けを求めるのでもない。もっとも携帯電話などないしあっても通話圏外だろう。
こわごわ近付いてきた弟に「運ぼう」と一言。冷たくずっしりと重くなった父のからだを14歳と12歳ぐらいかと思われる兄弟が運ぼうとする。松の枝を伐ってそりの代わりにすることも、素手でしっかり持つことも、この旅の途中車が泥にはまった時、父が教えてくれたことだった。アンドレイは弟のイワンを指図しつつ励まして砂浜にたどり着き、繋留した小舟に父を横たえる。
疲れに耐えかねてつい眠り込んだ翌朝、すぐに小舟の中の父を確かめに行き、暗澹と立ち尽くす。これは変わりようのない事実だ、仕方がない、やるべきことをやろうと決意を固めたかのように。
父にも弟にも気を遣って作り笑いをしていたようなアンドレイが一変した。父の父性を受け継いだかのように毅然とふるまう。自分がイワンと一緒に父を家に連れ帰るのだ。
アンドレイ役のウラジーミル・ガーリン君の撮影後の痛ましい運命を思うと、この変貌の演技をいくら賞めても足りない気がする。
青いシーツにくるまれて眠る父役、コンスタンティン・ラヴロネンコの最初の登場を見て、キリストだと直感したがそのあとの一家の食事のシーンで確信した。パンがロースト・チキンに変わっただけで最後の晩餐にそっくり。まったく違うところは食卓のメンバーがこの「キリスト」を誰も信じていないことだ。いかにもそれらしいいでたちで登場させておきながら、周囲は疑いの目を隠そうとせず冷ややかである。なんとも場違いなキリスト。この食事シーン、ヨーロッパ映画の正統そのもののような画面でありながら、現代の断絶した精神が盛り込まれたかのような独特の不安定感、不穏な雰囲気があった。
この孤立した「キリスト」が兄弟にとって本物の救い主になるまでが、物語のもう一つの道筋かもしれない。
いささか強引にかつ性急に旅の途上、父は息子たちに父性を示して、その性急さゆえか、息子たちの反抗を招き悲しい事故につながる。それでもアンドレイの行動の変化に見るように父の犠牲は無駄にはならなかった。あるいは父は犠牲になることによってのみ、その存在を息子たちに認められるのかもしれない。小舟の中の、眠れるキリストそのもののような父が、静かに水に沈み行くその時になって初めて、哀切な声で「パパ」と叫ぶイワン。もう永久に戻ってこない、言い換えれば命令されることも抑圧されることもない、永遠にその存在からは自由だ、自分は父に勝ったのだと思ったときでなければ、父は慕わしく懐かしい存在にはなれない。父とはまことに悲しい。しかしそんな父性を息子たちもまた受け継ぐ。
この映画はそんな父と子の対立と和解の神話であり、時代を間違えて迷い込んだ孤独なキリストの犠牲の宗教説話であろうかとも思う。
あるいは祖母、母、子のそれなりに安定した生活(ロシア)に突如現れた父はかつてのソビエトの幻影と、政治的に見ることができるかもしれない。ソビエトの幽霊は出てきたものの完全に水に沈められた。政治的というならば、父は新しく社会に君臨することになった「資本」と見なすべきなのだが、資本を死なすことは今は誰にもできない。
もっとも夜遅く見始めて、圧倒的な映像美と独特の不穏さを秘めた緊張感ある画面構成にわれを忘れ止められなくなった映画で、あれこれ意味を探る必要もないのかもしれない。
ただ個人的な好みでは、同じ「父性映画」では、完璧で高尚なこれより、もっと下世話でユーモアのある「パパってなに」の方でしょうか。
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ユーザーレビュー:69件
投稿日
2006/05/24
レビュアー
みみ※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。
私の父親も無口で厳格。高校生まではそんな父が大嫌いで、大喧嘩ばかりしてました。そして大人になった今、あの頃の父の愛情が理解できます。母や姉は「あなたの頑固さは父親譲り。似た者同士。」と口を揃えて言います。
そんな私だから、女性とはいえ、この映画に描かれる父子の心情は何となくわかります。
息子は父親の愛情を確かめたいし、自分の意思をもっと尊重してほしいと思っている。そして父親は敢えて説明をせず、いつか彼らが大人になってこの意味を理解してくれればいいと思っている。
美しいロシアの自然とともに展開される、頑固な父子のやりとりをある種の懐かしささえ抱きながら観ていました。。
ところが。そんな感傷はあの1秒で消え去ります。バカな話ですが、巻戻ししたくなりました。きっとイワンもそうだったでしょう。TVゲームのようにリセットして少し前からやり直したい気持ちだったと思います。
やるせない気持ちでした。イワンは大人になっても、私のように父親に「今ならわかるよ」と言えないんですね。二度とリセットできない1秒です。
投稿日
2005/04/09
レビュアー
スターダスト※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。
A・ズビャギンツェフ監督のインタビューを読んでいると、「本当に重要なことは語るのではなく示唆するだけでいい」との発言がありました。正にその言葉通りの映画でありました。
登場人物の背景説明が足りないとキャラクターに深みを欠くことになるのが一般的です。だが、本作はそれをぼやかすことによって宗教的にも政治的にも神話的にも表現されているように感じられ、奥行き深い作りになっている。映像も、音楽も実に効果的である。非常に力のある作品です。
本作撮影終了後、ロケ地だった湖で兄アンドレイ役のウラジーミル・ガーリンが不慮の事故で溺死する不幸な出来事があったとの事。映画の世界を引きずるような悲劇。
投稿日
2010/08/24
レビュアー
港のマリー※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。
この世の人間は、父と兄弟二人の三人だけと錯覚させるような、美しくも荒涼と静まりかえった無人島で父の身に起こった悲劇的な出来事。その一部始終をしっかり見届けた兄、アンドレイの次にとった行動が、私にはとても印象的だった。取り乱すのでもなければ助けを求めるのでもない。もっとも携帯電話などないしあっても通話圏外だろう。
こわごわ近付いてきた弟に「運ぼう」と一言。冷たくずっしりと重くなった父のからだを14歳と12歳ぐらいかと思われる兄弟が運ぼうとする。松の枝を伐ってそりの代わりにすることも、素手でしっかり持つことも、この旅の途中車が泥にはまった時、父が教えてくれたことだった。アンドレイは弟のイワンを指図しつつ励まして砂浜にたどり着き、繋留した小舟に父を横たえる。
疲れに耐えかねてつい眠り込んだ翌朝、すぐに小舟の中の父を確かめに行き、暗澹と立ち尽くす。これは変わりようのない事実だ、仕方がない、やるべきことをやろうと決意を固めたかのように。
父にも弟にも気を遣って作り笑いをしていたようなアンドレイが一変した。父の父性を受け継いだかのように毅然とふるまう。自分がイワンと一緒に父を家に連れ帰るのだ。
アンドレイ役のウラジーミル・ガーリン君の撮影後の痛ましい運命を思うと、この変貌の演技をいくら賞めても足りない気がする。
青いシーツにくるまれて眠る父役、コンスタンティン・ラヴロネンコの最初の登場を見て、キリストだと直感したがそのあとの一家の食事のシーンで確信した。パンがロースト・チキンに変わっただけで最後の晩餐にそっくり。まったく違うところは食卓のメンバーがこの「キリスト」を誰も信じていないことだ。いかにもそれらしいいでたちで登場させておきながら、周囲は疑いの目を隠そうとせず冷ややかである。なんとも場違いなキリスト。この食事シーン、ヨーロッパ映画の正統そのもののような画面でありながら、現代の断絶した精神が盛り込まれたかのような独特の不安定感、不穏な雰囲気があった。
この孤立した「キリスト」が兄弟にとって本物の救い主になるまでが、物語のもう一つの道筋かもしれない。
いささか強引にかつ性急に旅の途上、父は息子たちに父性を示して、その性急さゆえか、息子たちの反抗を招き悲しい事故につながる。それでもアンドレイの行動の変化に見るように父の犠牲は無駄にはならなかった。あるいは父は犠牲になることによってのみ、その存在を息子たちに認められるのかもしれない。小舟の中の、眠れるキリストそのもののような父が、静かに水に沈み行くその時になって初めて、哀切な声で「パパ」と叫ぶイワン。もう永久に戻ってこない、言い換えれば命令されることも抑圧されることもない、永遠にその存在からは自由だ、自分は父に勝ったのだと思ったときでなければ、父は慕わしく懐かしい存在にはなれない。父とはまことに悲しい。しかしそんな父性を息子たちもまた受け継ぐ。
この映画はそんな父と子の対立と和解の神話であり、時代を間違えて迷い込んだ孤独なキリストの犠牲の宗教説話であろうかとも思う。
あるいは祖母、母、子のそれなりに安定した生活(ロシア)に突如現れた父はかつてのソビエトの幻影と、政治的に見ることができるかもしれない。ソビエトの幽霊は出てきたものの完全に水に沈められた。政治的というならば、父は新しく社会に君臨することになった「資本」と見なすべきなのだが、資本を死なすことは今は誰にもできない。
もっとも夜遅く見始めて、圧倒的な映像美と独特の不穏さを秘めた緊張感ある画面構成にわれを忘れ止められなくなった映画で、あれこれ意味を探る必要もないのかもしれない。
ただ個人的な好みでは、同じ「父性映画」では、完璧で高尚なこれより、もっと下世話でユーモアのある「パパってなに」の方でしょうか。
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