太陽

　なぜロシアの監督が昭和天皇に興味を持ったのかという疑問は実はどうでもいいことである。この映画が日本で撮られなかったことの方に意味があると思う。なぜなら、もし日本で撮られていたならそれは非常に（肯定、否定のいづれにしても）政治的なものになってしまっただろうから。また、昭和天皇にイッセー尾形をキャストするという発想もなかったであろうから。
　この作品の成功は上記二点にかかっているといっても間違いではないだろう。天皇裕仁の日常を描く。この作品はそのことに徹している。むろん、宮中という閉じられた空間における出来事であるから最初から想像力を要求される作業ではあるけれども。それはともかく太平洋戦争末期から降伏、占領下の日本というかなり劇的な時期でありながら、作品中にはこうしたものは一切出てこない。（ポツダム宣言の受諾にからむ紛糾さえすっぱりと切り捨てられている。）これもまた天皇の一人称に近いカメラワークともあいまって、あくまで先に記した天皇の日常を描くという点に徹しているのである。
　さらにイッセー尾形の演技（といっていいのであろうか？）もこの作品に大きく寄与している。彼の本来の一人芸が、そのキャラクターの些細なしぐさやセリフをもって一人の人物を現前させるものであるから、天皇の歩き方、あの口癖（「あっ、そう。」というあれ）僅かに見上げるような目線、その他諸々により一人の人間としての昭和天皇が出現することになる。
　大きな波乱もなく終了した映画の後で言えるのは面白かったというあまりひねりのない感想である。

君主の子として生まれたが為に、帝王として教育され、帝王として君臨させられる。
自己の意思とは関わり無く、人民の上に立たされた孤独を、イッセー尾形はよく演じていたと思います。
皇后役、桃井かおりもそうでした。何もいわない。
語らないことで、意思を示す。窮屈なことこの上なさそうな人生を一瞬に感じさせてくれました。

帝王学のひとつには、余計なことは口にしない。
というのがあるようで、そのことは様々なシーンによく現れていたように思います。
たとえば御前会議、実際にはもう少し、オコトバを発したのでしょうが、現人神ヒロヒトの立場を象徴的に描いていて面白いシーンでした。

星新一の中編小説「殿様の日」にも、出された料理の味付けが気に入らなかったけれど、それを口にすると、料理人もしくは担当役人が処罰されるかもしれないから黙って食べた。
そういう、単なる好き嫌いでさえ、気軽に口にできない、
言わない教育を受けた君主の姿が描かれていたことを思い合わせて、専制国家であったロシアに生まれた監督らしいというのでしょうか、興味深い演出でした。

戦争映画ではないので、史実に即したような説明描写はほとんどありませんが、唯一、Ｂ２９でしょうか、グラマンでしょうか。戦闘機が怪鳥として飛翔し、首都を焼き尽くすシーンが
象徴であるかのように鮮やかに現されます。
この東京大空襲の炎が不謹慎ではありますが、すばらしく美しい。直截には描かれなかった、もろもろのことを想像させる力のある映像でした。

ソクーロフはロシア出身であるだけで、
ロシア映画またはソ連映画の監督ではないのですね。
なぜ邦画は「男たちの大和」や「大日本帝国」になるのか。
そんな残念な思いとともに、観る事ができてよかったと思える佳作です。

お薦めです。

よふかしさんのレビューおよび吟遊旅人さんのご自分のサイトに掲載されたレビューが余りに素晴らしく、私なんぞが語るべき必要性はないと思いましたので、本作のレビューではなく監督であるソクーロフの紹介を書かせていただきます。

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存命している作家(映画監督)のうち最も重要な人物、すなわち個々の作品の出来や不出来がどうだとか、どれだけのヒットを飛ばせるかと言う商業的な観点からではなく、映画の可能性を極め映画表現の豊かさの実現に貢献し影響度も高い人物を上げろと言われれば、言わずと知れたゴダールと『旅芸人の記録』で有名なギリシアのテオ・アンゲロプロス、そして本作の監督であるロシアのアレクサンドル・ソクーロフが即座に思い浮かびます(そして、四人目は恐らくクリント・イーストウッドでしょう)。

しかし、ちょっとした映画好きならゴダールやアンゲロプロスの名前はご存じでしょうし、少なからぬ方が実際に作品をご覧になったことがあると思いますが、ソクーロフについてはよほどの映画好きでもない限り作品の鑑賞はおろか名前すらご存じないでしょう。当初は単館上映の予定だったものの予想を遙かに超えた観客を集めたことから全国で拡大上映され、マスコミでも数多く取り上げられた本作『太陽』のおかげでソクーロフの知名度もいくらかは上がったでしょうが、同業の監督や批評家、研究者達から賞賛を浴び確たる評価を得ているソクーロフの実像は、一般的な映画ファンにとっては依然として不透明なままだと思います。

しかし、ソクーロフやその作品に思いを馳せると、それが致し方ない事であるのも理解できます。『太陽』は(そして同じ四部作の一つとして作られた、ヒットラーとその愛人エヴァを主人公とする『モレク神』も)一般的な作品として作られていますし、多少の取っつきにくさはあれど特別な身構えは必要ない作品ですが、これらはソクーロフの作品群の中では例外に属するものなのです。デジタルカメラとスティディカムとを最大限に活用し全編90分を1ショットに収めた『エルミタージュ幻想』こそ『太陽』同様一般的な作品として楽しむことができますが、『ファザー、サン』や『マザー、サン』と言った上記作品とほぼ同時期に撮影された近作は濃厚なムードを感じるものの捉えどころのなさに戸惑ってしまうでしょうし、日本人もしくは日本を題材とした『オリエンタル・エレジー』三部作や、最もソクーロフらしいと言える『静かなる一頁』や『セカンド・サークル』などの90代の作品は、極端に少ない台詞、歪んだ画面、ノイズの利用(多用)そしてはっきりしない物語の運びなどから人を容易に寄せ付けないものばかりです。気軽に映画を楽しむと言った気分でこれら作品に接すれば、誰もがものの10分と経たぬうちに睡魔に襲われてしまうでしょう。

はっきり言ってしまえば、ソクーロフの作品を誰もが観る必要はないと思います。アプローチや観点は異なれど人は楽しみ(愉しみ、快楽)のために映画を観るのですから、敢えて苦労してまで貴重な作品を費やす必要はありません。しかし一方で、ソクーロフは誰の、どの作品にも似ていない作品を作り続けていること、そしてそこから得られる「快楽」もまた何ものにも似ていないのも事実ですから、単に受動的に作品を見る(ながめる)のではなく、主体的に作品を観ることを望む人にとっては、その求める度合いに応じて大きなものをもたらしてくれます。

『太陽』における、魚が空を舞う空襲のシーンに心奪われた方は、全編がこのシーンのような幻想的なムードと容易には嚥下できない不可解な味わいとで満ち溢れている他の作品にも是非手を伸ばしてください。ソクーロフの手法やできあがった作品自体は難解極まりないものですが、ドストエフスキーの『罪と罰』の凝縮された翻案である『静かなる一頁』とか、生き返ったチェーホフの幽霊が主人公である『ストーン/クリミアの亡霊』とか、日本人作家・島尾敏雄の妻ミホが亡き夫の想い出を語る『ドルチェ、優しく』など、題材や物語は意外にも俗っぽいものが少なくありませんから、まずはこんな題材への興味から入るのもいいでしょう。そして、物語的な筋書きが(かろうじて)ある環境ビデオを見るくらいの気持ちでまずはソクーロフの世界に入り込み、自分が彼の世界のを受け付けられるか(ソクーロフの世界があなったを受け入れてくれるのか)を確かめてください。

『太陽』は、ソクーロフの世界への入り口としても最良の作品だと思います。

「 私は 愛されているか 」
（ 建前上 必要とされているだけではないか ）

「 皆が あなたを 崇めています 」

それは 質問の答えではない
彼自身の答えは

「 私は 誰にも愛されてはいない 」

もしくは 必要悪
いや もっと言えば 不要

太陽に 愛することは 許されない
強過ぎる陽射しに 照らされた者共には
必ず 死が 悲しみが 訪れる
あなたは 誰にも 興味を持たれない鯰に
自分を重ねた

「 放って 置いてくれ ！ 」

彼が 唯一 きっぱりと 感情を見せたシーン
それは 神で なくなってからの事であった

ソクーロフの他の作品を観たくなりました。
ソクーロフの映画を今回はじめて観たのですが、三分の一ぐらいまでは、とても退屈で、このまま最後まで行くのかと思って、寝ないように立ってみてました。
観終わった時には、この監督の評価の高さが理解できました。


いろいろなものを暗示して、対比して描いています。

マッカーサーとの会見の場面のピリピリした緊張感は、何かが起こりそうで、観ているこちらが、ひやひやしてしまうぐらい凄かったです。
終戦直後とは思えない鶴のいる庭での天皇がアメリカのカメラマンたちにポーズをとる場面のいい意味でのリラックス。脱力感。

美しい映像で描く、窓の外の月と天皇（太陽）の対比。
月は、何をあらわしているのでしょう。
アメリカか、日本国民か。
窓の外から天皇を見つめている。それに答えるため葛藤する天皇。
いろいろ考えてみましたが、答えは、観る人それぞれに委ねられているのでしょう。

きれいに正装した天皇を乗せて荒廃した東京の街を走る車。
天皇の心境やいかに。胸をひきさかれる思いだったでしょう。

日本は、なぜあの戦争をしたのでしょうか？
戦争をしたかったのか、せざるをえなかったのか、させられたのか。
これについては、わかりませんでした。
天皇と戦争との関わりの真実もわかりません。
そういう映画ではなく、人間の内面性を描きたかったのか。
いや、もっと深い。いろいろな思いが沸き起こる映画です。
ソクーロフの他の作品を観れば、ここで彼が描きたかったことが、もっと理解できるような気がします。