隠し剣　鬼の爪

この映画をはじめて観た時、前作「たそがれ清兵衛」とストーリー構成や人物設定、果ては雰囲気、舞台、テーマまでもソックリなので驚いてしまいました。違うのは、恐そうなタイトル（恐くないけど）と鬼の爪の存在だけ。
これは、山田洋次監督の武士映画第２弾というより、「たそがれ清兵衛」のリメイクといった印象。「たそがれ清兵衛」が気に入っていた私としては、ちょっと腑に落ちない。
でも、さすがに同じような内容の映画を２作続けて作ったためか、個人的には前作より今作の方が出来が良かったように思います。テンポとストーリーテリングが良くなってますね。
「たそがれ清兵衛」を観た後でも、なかなか面白く観れたけど、「たそがれ清兵衛」という映画の存在が無かったら、もしくは観ていなければ、私はこの映画が大好きになっていたと思います。役者の演技も良かったし、人情劇としても良い味を出してます。
しかし、同じような作品を続けて作る意味を見出せません。
寅さんや水戸黄門のように、同じ内容を何度も繰り返し見せても喜ばれるドラマとは思えないし、山田洋次監督は、一体どういう意図でこの映画を作ったんでしょうかね〜。
ん〜不思議。
この「隠し剣　鬼の爪」と「たそがれ清兵衛」は双子のような映画なので、どちらか一方を観れば事足りるかも。同じ監督が続けて作った映画ということを考えなければ、両作ともとても良い映画で甲乙付けがたいです。
ストーリーテリングなら「隠し剣鬼の爪」。より人情味の深い方なら「たそがれ清兵衛」。お好きな方をどうぞ。

独偏満足度　８０点

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

（ネタバレありです）
　　幕末、海坂藩もご他聞に漏れず「近代化」とやらに取り組むが、まぁ、その必要性も実感も沸かなければ、これは武士としてあるまじき姿勢とする向きも多く、文字通り右手と右足を同時に出して行進しているような風情。
　　そんな教練の様子がのどかに、いささか冗長に過ぎるほどに描かれていくのだが、これが終盤にかけて生きてくる。

　　「たそがれ清平」との比較の話はもちろん多く、しかしそれは作り手も承知の上だろう。というかアチキにはその空気が似ているのは当然のことであると感じた。
　　いや、観ている最中はやはり比べていたのだが、前半で張られた伏線が終盤、一気に収束するにあっては、してやられたりといおうか、とにかくまるで違う作品となっていることに気づく。

（以下ネタバレします）

　　山小屋とそのまわりでの旧友狭間との果し合い、確かに主人公宗蔵は師匠直伝の秘法をもって勝ったかに見えた。が、相手の止めを刺したのは鉄砲、それも火縄銃などではない、最新式のおそらくは伝来したばかりで命中精度も破壊力もきわめて高いもの。
　　鮮やかという言葉が違和感ないほどに、銃弾は剣を持った手首を切り飛ばす。
　　そう、弾を込め撃鉄をあげて狙いをつける兵の様子に、映画の最初のころに見えた喜劇的要素は微塵も伺えない。
　　「切腹すれば名誉は保たれる」と説得する宗蔵に「俺の名誉は斬り合って果てること」と答える狭間の姿は、「武士の戦とは、互いに見合って、斬りあってこそ。飛び道具など・・・・」と管を巻く田中邦衛演じる宗蔵の叔父の旧態依然とした有様にオーバーラップする。

　　変化する時代の中で翻弄される、などとは言えぬほど、まだその変化はちっぽけなもの、だが明らかに始まっている。


　　同じようなシチュエーションの中で「たそがれ清平」はひとを描き、「隠し剣」はその瞬間を、時代を描いた。傑作である。

原作：藤沢周平、監督：山田洋次、スタッフは「たそがれ〜」と同じだからというわけではないだろうが「たそがれ〜」と全く雰囲気が同じ作品だと感じました。どちらが好きかと聞かれれば僕は「たそがれ〜」の方が好きです。どちらの作品も幕末の下級武士の生き様、侍としての信念を貫き通す姿には共通するものがあります。監督、原作著者、撮影スタッフ全て同じで、主人公が下級武士、同じ方言を話すこれらの事で「たそがれ〜」と本作の違いが僕にはわからず、どちらも同じように見えたというのが正直な感想です。

僕は山田監督の時代劇が好きです。雰囲気がとてもいいからです。最近の時代劇にはない落ち着いた内容で派手さが全くなく、派手なアクションもなく、ただただ淡々とこの幕末ゆえの人情劇が描かれていくところがとてもリアルに感じられ、最近の時代劇にはない本格派時代劇を感じさせてくれるからです。人が人を殺す事の重さ、大変さ、幕末という時代の大変化の波に翻弄される武士、特に下級武士の苦悩が山田監督の２つの時代劇作品を見ればリアルに感じ取れるのです。そう感じるのは僕が歳をとったからかもしれませんね（＾＾ゞ。

主役：宗蔵を永瀬正敏氏がヒロインきえを松たか子さんが演じていますが、２人のコンビネーションはなかなか良かったのではないでしょうか。宗蔵のきえに対する恋心は武士ゆえの身分の違いという壁の前に自分の恋心にさえ気づかず、きえはきえで身分の違いから叶わぬ恋心を十分理解しながらも宗蔵の指示に従ういじらしさがうまく演じられていたように思います。ただ、やはり「たそがれ〜」の真田広之氏に比べ演技の性格が全く違い、永瀬氏にはあまり「武」というものをあまり感じられませんでした。剣の達人が持つ雰囲気というか闘気があまり感じられなかったのは残念でした。凛とした武士らしさはやはり何らかの武道をしたものにだけ表現出来るものなのかもしれません。少し殺陣を練習しただけでは「武」を身にまとった上での演技は出来ないのだと永瀬氏の演技を見て思いました。これはしようがない事だとも思いますし、普通の人であれば気づかないことでしょう。普段はひょうひょうとしていてもいざとなれば闘気を身にまとうぐらいの気迫ある殺陣ができればより最高だったと思います。しかしこの作品は宗蔵ときえの恋物語なのでそこまでの演技は必要なかったのかもしれませんね（＾＾ゞ。

2004年。監督・山田洋次。脚本・山田洋次、朝間義隆。

タイトルの台詞は主人公の片桐宗蔵に、元女中・きえが、
「それは旦那さまのご命令ですか？」と問いただして、片桐が返した言葉が「んだ・・・つまり、YES」なのでした。

この問答は何度か繰り返されるのですが、ラストのこの台詞は宗蔵が「きえ」にプロポーズした際の受け答えなのです。本当に愛らしい「きえ」です。

「きえ」の心の中には宗蔵への厚い信頼があって、旦那さまの言う通りにしていれば、
決して間違いはない、宗蔵の誠実さを心から信頼しているから言える台詞・・・
だと思います。

幕末の東北の架空の藩・海坂藩。
西洋からの大砲や鉄砲が入ってきて、藩内では、外国帰りの男から、
大砲の使用法のレクチャーを受けるなど、武士の戦い方も転換期にあることが、よく分かります。

主人公の片桐宗蔵(永瀬正敏）は、父親が家老(緒形拳）の謀り事で切腹の憂き目に遭い、減俸されて貧しい粗末な住まいに使用人も少なく暮らしていました。
彼の心には幼くして奉公にきた、「きえ」への好意が育って行くのでした。
しかし妹志乃を藩の友人島田(吉岡秀隆）に嫁がせ、「きえ」が商家へ嫁がせるとめっきりと寂しくなるのでした。

そんな折、藩では江戸へ行った狭間(小澤征悦）が謀反を働いた罪で、
籠に乗せられて帰って来ると、牢屋に幽閉されることに。

その暴れ者の狭間は片桐とは戸田寛斎(田中泯）の門下生で剣術の腕前を競う中でした。

狭間はやがて脱獄し民家に立てこもり娘を人質にしています。
そこで狭間を殺す仕事が片桐に回って来ます。

実は片桐は狭間より剣術の腕前が落ちることを自覚しておりました。
師匠の戸田を訪ねて秘策を授かる片桐。
「隠し剣」「鬼の爪」は戸田の教える兵法の名前です。
映画の題名はここから来ています。
更に訪ねた片桐に師匠の戸田が教える兵法が「邪剣竜尾返し」
これは、相手の油断を誘って片桐が後ろを向きます。
一瞬、驚いて油断した狭間を、その隙に斬りつける・・・汚い手です。
汚いてで狭間を討つ片桐の心には無念が・・・。

一方、美しく利口な女中「きえ」への思慕を片桐は遂には恋を成就させる。
そして武士の世界の不条理・・・ずる賢い家老の悪巧みに逆らえぬ下級武士・片桐が、父親と同僚とそして家老に弄ばれた狭間の妻の仇を討つ。

実に優れた映画でした。
原作は藤沢周平と聞き、原作が優れているのは確かですが、三遍の短編「「隠し爪鬼の剣」
「邪剣竜尾返し」にきえとの恋を描いた「雪明かり」
この三篇を見事に融和させた脚本の功績は大きいと思います。

松たか子、永瀬正敏が素晴らしい好演と存在で、江戸を今に蘇らせてくれました。

鑑賞したのは数年前になるが、ありありと浮かぶ印象深い場面がふたつある。

片桐宗蔵は、東北の小藩・海坂藩の平侍。
家族同様に過ごした使用人のきえ（松たか子）は、片桐家から大きな油問屋に嫁いだ。
きえが、病気だと聞き見舞いにゆくと、階段の下の板の間に転がされているだけだった。
すぐさまおぶって連れ帰る宗蔵。そんな事をすれば田舎の事とて何を言われるかわからないのに、
躊躇なく連れ戻した、潔い態度が胸を打つ。

家老（緒形拳）が、裏切り者の名前を教えろと迫る場面。
「ワタシは知りましね。知ってても申し上げることはできましね。密告することはサムライのすることでなしす。」
家老は、「ワシを誰だと思ってるのだ！生意気な口をきくな！」と激怒。
教えていれば将来も約束されていたところだ、不器用な生き方と武士の潔癖さは相容れぬのか。

藤沢周平の短編『隠し剣鬼の爪』と『雪明り』を原作としている。
秘剣による復讐物語ではあるが、むしろ愚直すぎるくらい己が信念に添った生き方が強く残る。
悲劇になりかねない所を、そうとしか生きられないのだと腹のくくり方が、むしろ道を開いてゆく。

「それは命令ですか？」とかわいく聞き返す松たか子、
先には困難しか待ってないようにも思えるが、それは長年、お互いに慕った人と共に歩める幸せと、
世間体と見せかけだけの武士の世界に踏ん切りをつけ、さよならを告げた宗蔵の本気なのだろう。
上等ではないか！！